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地域DXで加速する新たな地域づくり
~顔認証を活用した特別なおもてなし体験~
株式会社南紀白浜エアポート 誘客・地域活性化室 室長
森重 良太
*本記事は『航空と文化』(No.124) 2022年新春号からの転載です。
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2022.05.25
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◆空港を起点とした地域の活性化
株式会社南紀白浜エアポート(以下、当社)は民営化された和歌山県の空の玄関口である南紀白浜空港を運営する空港会社です(図1)。「空港の発展は地域の発展から」という考えに基づき、「空港型地方創生」をコンセプトに、誘客と地域活性化の専門部署を設けて、地域経済の活性化にも積極的に取り組んでいます。
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図1 本州最南端の小さなリゾート空港「南紀白浜空港」
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具体的には、地域の魅力のPRに留まらず、和歌山に特化した着地型の旅行事業や地域マーケティングを展開しています。地域の総合コンシェルジュとして、観光とビジネスの両面から、インバウンド・ワーケーション・IoT実証実験の誘致による誘客・関係人口創出の仕組み化と、ご当地コンテンツの開発や現地の旅行手配、地域の受入体制(宿泊・交通・飲食・体験)の磨き上げに取り組んでいます。観光庁が認定する観光地域づくり法人(DMO)にも県内12市町村と広域で連携する「紀伊半島地域連携DMO」として候補登録されており、和歌山県南部の空港後背圏を1つの地域と見立てて、自治体や業種の垣根を超えて地域全体を活性化させる持続的な地域づくりに取り組んでいます。
◆「日本のハワイ」に集積する先端企業
和歌山県南部に位置する南紀白浜は、ハワイのワイキキ姉妹ビーチである白良浜をはじめ、有馬・道後と並ぶ日本三古湯の白浜温泉が有名です。また、日本最多のパンダに会える総合テーマパークのアドベンチャーワールドや西日本最大級の海鮮市場のとれとれ市場、風光明媚な絶景が広がる南紀熊野ジオパークなど、豊富な観光資源に恵まれ、これらが全て空港から車で10分圏内に集まっています(図2)。この「町のコンパクトさ」が大きな特徴で、年間300万人を超える観光客が訪れる国内屈指のリゾート地となっています。近年では、セールスフォースやNECグループ、三菱地所などの有名企業がサテライト進出しており、日本におけるワーケーション発祥の地・聖地としても人気が高いエリアです。
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図2 南紀白浜の世界クラスの観光資源
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◆地域の現状と活性化の方向性
和歌山県白浜町は国内屈指の温泉ビーチリゾート地ですが、定住人口は約2万人で、今後さらに加速度的に人口減少が進んでいくことが予想されています。また、年間300万人が来訪する観光地ですが、7割以上が関西からの観光客で、空港があるにも関わらず関東や海外からの来訪は1割以下にとどまっています。来訪する時期も夏季や週末・連休などに偏っており、繁忙期と閑散期では施設稼働率の差が2倍近く離れている月もあります。さらに関西圏からの高速道路アクセスが便利になった影響もあり日帰り客が約4割となっており、短期滞在で立ち寄り施設数なども限られていることから地域での消費額が少なく、結果として国内屈指の観光地でありながら平均所得額も全国の市町村と比べて低水準にとどまっています。地域経済の観光依存度は全国でもトップクラスの約50%となっているため、地域を持続的に活性化していくためには、交流人口・関係人口を増やしながら、かつ安定して稼げるように閑散期の需要底上げを図り、さらに長期滞在・広域周遊してもらうことで立ち寄り施設数を増やし、消費機会の増大を図っていく必要があります(図3)。
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図3 地域の課題と活性化の方向性
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◆顔認証を活用したおもてなしサービス
南紀白浜では2019年1月より空港を起点として業種の異なる地域の13施設が連携して、NECの顔認証技術を活用したおもてなしサービスを展開しています(図4)。 「手ぶら・顔パス・キャッシュレス」をコンセプトに、事前に顔写真やクレジットカード情報を登録しておくだけで、地域の様々な施設で特別なおもてなしが体験できるサービスです。空港だけでなく、空港を通過した後のお客様の地域内での旅行動線全体を意識しながら、お客様が行く地域の先々の施設で、その施設ならではの特別なおもてなし体験が受けられる点が特徴です。施設単体で顔認証を活用したサービスは全国でも例が増えてきていますが、地域で事業主体の異なる複数施設が1つの顔認証サービスを横断的に使える例はまだ世界的にもかなり稀な例と言われております。南紀白浜の「町のコンパクトさ」を活かして、空港と町が一体となったおもてなしを提供することで、お客様の旅行全体の満足度を飛躍的に向上させ、地域での消費の活性化に繋げることを企図しています。
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図4 顔認証で実現する未来の旅の姿
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◆新たな旅の体験「顔パス旅行」 まず空港に到着すると預けた荷物を受け取る手荷物受取所に設置したディスプレイに「〇〇さんのお荷物はあと〇分で到着します」と航空会社のステータスに合わせた待ち時間が表示されます。荷物を受け取り到着ロビーに出ると今度は正面ディスプレイに「ようこそ!〇〇さん」というウェルカムメッセージが出てきます。実際に表示されたお客様の様子を見ていると、面白そうにモニターに近づいて指をさしたり、自分の名前を自慢げに周囲の方に見せたりするお客様が目に留まります。 次に空港を出てホテルに行くとフロントに設置してあるモニターを使って顔パスでチェックインを進めることができます。フロントスタッフは手元画面にお客様名が表示されますので、自ら名乗っていただく前にまるで常連客のように先にお客様にお声がけをすることが可能です。また、客室ドアも入口付近のカメラに顔をかざすことで、顔パスで鍵を開錠することができます。1つの部屋に対して1つの鍵しかお渡ししていないホテルでは、一緒に宿泊した同部屋の方が大浴場や外出をする際に鍵の受け渡しが必要で、場合によっては時間を決めての待ち合わせなども必要になります。しかし、顔認証で同部屋に宿泊する皆様の顔を登録しておけば鍵の受け渡しが不要になりますので、各自のペースでゆっくり温泉に入浴したり外出することが可能です。また、チェックアウト時の支払いも顔をフロントにある画面にかざすだけでキャッシュレス決済が可能です。 レストランや土産店でも、顔パスでのキャッシュレス決済が可能で、手ぶらでご当地グルメやお買い物を楽しむことができます。また、テーマパークでは通常のチケット売場・入場口とは異なる動線から顔パスで入ることができ、混雑時でも並ぶことなくVIP入場が可能になります。ほかにも路線バスやゴルフ場・地ビール工場などにも顔パスのキャッシュレス導入が進んでいます。 お客様は、水着のまま・浴衣のまま、鍵も財布も持たずにまるでVIPのように町中「顔パス」で温泉ビーチリゾートを楽しむことができます。また、新型コロナウイルス感染症が拡大する中では新たな旅のスタイルとして非接触旅行が可能という面でも注目を浴びており、各施設の混雑度の表示による三密回避などの機能も拡充しています。2021年11月からは地域の電子クーポンと顔認証を連動させた新たなサービスを地域25施設で開始して、地域におけるさらなる回遊性の向上や消費の活性化にも取り組んでいます。まだ実証実験中で利用できる施設や機能は限られていますが、お客様目線でより多くの施設への展開や機能の拡充を今後も図っていく予定です(図5)。
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図5 各施設ならではのおもてなしサービス
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◆導入のきっかけと背景 導入のきっかけは2018年夏頃に、世界最高峰の顔認証技術を保有して新しい顧客体験の創出や地域貢献に取り組んでいたNECと、空港型地方創生をコンセプトに掲げて空港民営化に向けて準備を進めていた当社とで南紀白浜の活性化について意見交換をする機会を持ったことでした。最先端の技術力を持ちながらそれを具体的に社会実装させる場を探していたNECと、IoTを活用した地域の魅力の磨き上げやビジネス誘致を狙っていた当社との思惑が重なり、その場で意気投合する形で約3ヶ月の準備を経てスピード感を持った状態で実証実験を開始しました。 しかし、実際の導入に至るまではいくつかの障壁もありました。例えば、個人情報の取り扱いの面について、公共施設である空港にカメラを設置して一般の方の顔を撮ることについてはかなり慎重な立場を取る関係者もいました。そこではカメラは設置するものの録画はせずに顔の照合だけ行って映像データとして記録を残さないことや、オプトインで利用希望者のみに事前承諾の上でサービスを提供すること、データは個人情報が残らない形に変換して蓄積することなどの対応をNECと連携して即座に行うことで乗り越えました。また、空港関係者や地域関係者との事前調整や合意形成には特に気を遣いました。地域における実証実験の導入は行政が旗振り役となる例も多いですが、行政が中心となって進めるとどうしても公共的立場の制約から公平性・平等性の観点で合意形成が進まなかったり、戦略的なサービス提供が展開できなかったりといった課題が出てきてしまいます。民間企業で進める場合でも同じ課題は出てくるのですが、合意形成に時間をかけるよりも早くサービス展開を進めて機運を醸成した方が結果的に実現する蓋然性は高いと考え、関係者とは慎重なコミュニケーションを取りながらも、まずはお客様の地域動線を一番に考えながら最初に導入する施設を戦略的に選ぶような進め方の工夫も行いました。さらに実装の段階においては最先端の顔認証技術であっても実際に現場でサービス提供を行うのは地域の施設スタッフであり、ITに不慣れなシニア層のスタッフも多いため、使用方法の簡素化や現場でのレクチャー、トラブル発生時の即時現場対応などを心掛けながら実現に至りました。準備段階における障壁(できない理由)をNECと密に連携しながら「どうしたら実現できるか」という強い思いを持ってスピーディーに進めてきたことが功を奏したと感じています。
◆現時点での導入の成果 2019年1月から進めてきた顔認証おもてなしサービスも延べ登録者数はIDベースで1,000名を超え、まだまだ限られたお客様数にはなりますが多くの方に特別な旅行体験を実感いただいています。利用者からは「顔パスは旅先でのVIP感があって嬉しい」、「体験として面白いし、温泉・ビーチでは特に便利」、「手ぶらで手軽に買い物ができるため、現金決済よりもついつい多く買ってしまう」などの声をいただき、導入施設からも新たなお客様の獲得や消費機会が生まれているという声をいただいています。さらにはNECが生きた地域DXのショーケースとして南紀白浜の取り組みを全国・世界で紹介をして下さり、またメディア等でも多く取り上げていただくことで、年間を通じて全国から企業や自治体の視察が多く来訪してくれています。結果的に地域の課題である平日需要の底上げや関西圏以外からの誘客に繋がり、多くの地域施設で顔パス消費をして下さることで回遊性が高まり地域全体の消費活性化に繋がっています。
◆今後の展望 将来的にはお客様の顔情報に顧客情報を紐づけて、町中のどの施設でもお客様の顔を見ただけでお名前や誕生日、利き手から好きなワインの銘柄まで把握できている日が訪れるかもしれません。また、南紀白浜はこのような最先端の地域DXが実現できる場所であるというビジネス面での新たな地域ブランドが確立できたことにより、現在では多くの先端企業がこの地域での新たな実証実験に関心を持ってくれています。そのような機会を地域コンシェルジュとして、顔認証のみならず他の先端技術も有機的に組み合わせて、地域の観光だけではなく防災・教育・医療や一次産業などにも展開をしていき、地域全体の経済活性化と心豊かに暮らせる地域づくりにも貢献していくような構想も進めています。 この「手ぶら・顔パス・キャッシュレス」のおもてなしサービスをきっかけに、空港だけでなく地域全体の顧客満足の向上と持続的に稼げる地域づくり、さらには豊かに暮らせる持続可能な地域づくりに寄与していきたいと考えています。皆様も新しい旅の体験にぜひ南紀白浜へお越し下さい。
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| 森重 良太
株式会社南紀白浜エアポート 誘客・地域活性化室 室長
・紀伊半島地域連携DMO 事務局長 兼CMO・CFO
・観光庁 新たな旅のスタイル促進事業 アドバイザー
メール:info@nsap.co.jp
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