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無人航空機が拓く未来


~JAXAにおける実用化に係る研究開発と社会状況~

宇宙航空研究開発機構航空技術部門
次世代航空イノベーションハブハブマネージャ
石川和敏

*本記事は『航空と文化』(No.112)
2016年新春号からの転載です。

2019.5.13
 
    

1 はじめに

 最近ドローンとして話題に上がることが多い、無人航空機は、機体規模も有人航空機と同等の大型のものからホビーに使われる小型のものまで多種多様であり、その使用目的は、標的や偵察などの軍事利用中心から、科学観測、農業分野など民生分野でも様々となっている。特に、電子機器や電池の高性能化により、マルチコプタなどの電動モータを使った小型軽量の無人航空機が誰でも簡単に入手・飛行できるようになってきており、航空とかかわりなかった業界から新たな無人航空機の利用方法も提案されてきている。そのため、無人航空機の利用人口や飛行領域は急速に拡大されており、安全の確保が喫緊の社会問題となったため、無人航空機に係る法規類も整備されてきた。
 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、安全にかつ効率よく航空宇宙技術の飛行実証を行うために無人操縦技術を利用してきた一方、無人航空機を実用化するために必要な技術の研究開発を行ってきている(図1)。有人航空機と同等の大型機の実用技術実証では、無人操縦が優位となる長期間連続飛行などの利用目的(災害監視,海上監視など)を実現する無人航空機システムの研究開発計画を検討しており、操縦者が搭乗できない小型機の実用技術実証では、社会生活の安全・安心・利便性の向上を目的とした機体技術、安全性・信頼性向上技術の研究開発を行っている。
 本稿では、JAXAにおける無人航空機の実用化に向けた技術実証のための研究開発を簡単に紹介するとともに、無人航空機の実用化に向けた社会状況について述べる。

 
 
図1 無人航空技術に係るJAXAの研究開発目的
 
    

2 JAXA 大型無人航空機実用技術実証

 従来の航空法では、航空機の定義を「人が乗つて航空の用に供することができる飛行機,回転翼航空機,滑空機及び飛行船その他政令で定める航空の用に供することができる機器(法第2 条)」としているが、有人航空機と同等の大きさの無人航空機の場合、「無操縦者航空機(法第87条)」として取り扱われることがある。成層圏プラットフォーム飛行船(図1)は、その対象となった例のひとつであり、航空局の審査・認可を経てこの航空機の飛行実験は実施された。
 このサイズの無人航空機は、他国の(有人)航空機も飛行する高度や空域で運用される可能性が高い。国際民間航空機関(ICAO)では、国際民間航空条約(シカゴ条約)付属書の改定(2019年以降)に向けた協議を進めている。ICAOでは、無人機は航空機の一種である遠隔操縦航空機システム(RPAS)として定義され、遠隔操縦航空機(RPA)が他の有人機と同一空域で運航できる環境の実現を目指している。
 現在の航空管制システムは有人航空機の運航を前提として整備されているため、有人航空機の主流である航空輸送を無人航空機がとって変わるには多くの有利な点を示す必要がある。そのため、無人航空機が有人航空機に代わって利用されるには、操縦者が搭乗しない無人機の特徴を活かした利用目的を開拓することが考えられる。無人航空機は、3D(dul(単調)、dirty(汚い)、dangerous(危険))の仕事に向いているといわれており、軍事目的での利用が急速に発展した理由のひとつである。
 JAXAでは民生利用として、災害監視、海上監視などに用いる高高度滞空型無人機(図2)を想定し、その実現に必要な技術などの実現性検討を進めている。他航空機との干渉が少ない高高度(16-18km)で長期間(72時間)を連続飛行し地上観測を行う高高度滞空型無人機には、軽量で抵抗が小さく高効率推力であることだけでなく、夜間や雲をとおして地上観測できるセンサや地上との通信できることなど、無人操縦技術以外に解決すべき多くの課題が存在する。無人操縦技術に関しても、JAXAでは、ICAOのRPASパネル(RPASP)の動向をモニタしつつ、この高高度滞空型無人機が管制空域で運航するために必要な課題の解決に向けた検討を行っている。

 
 

図2 高高度滞空型無人機システム(イメージ)

 
 

3 JAXA 小型無人航空機実用技術実証

 従来の航空法では、小型無人機は原則として航空機とは見做されず、無人機の運用に関しては「飛行に影響を及ぼすおそれのある行為」としての法令(法第99条の2)に従う限りは航空法等による規制を受けることはなかった。また、日本において産業用小型無人機は農業用などを中心として広く利用されてきたが、安全性、特に墜落などが発生した場合の地上の人に対する安全性を確保する技術が確立していないことから、その運用は主に田畑など無人地帯の上空に限定されてきた。
 そのため、無人航空機の実用化に係る研究開発として、JAXAでは、社会生活の安全・安心の向上を目的とした災害監視などの利用に対して、小型無人機が利用できること(有用性)を実証することと、小型無人機の利用拡大に不可欠な運用上の安全性に関する研究開発を進めることとした。

   (1) 無人機システム安全技術基準
 JAXAでは、航空技術の実証や実用化を目指した技術開発・実証実験などにおける無人航空機運用の安全性の確立のため、平成21年には内部安全技術基準を策定し、同基準に従った安全審査を行って無人機の安全な運用を行ってきた。この規定はsmall機(最大離陸重量0.2kg~150kgの無人機)、large機(最大離陸重量150kg以上)の2種類の無人機について、第三者とその財産及び実験関係者の安全を確保することを目的として、立入制限・監視により無人であることを保証した領域の上空で運用する際の安全基準を定めたものであった(図3)。その他、システム等の安全設計に対しては基本的に故障許容(fault tolerant)設計が求められ、実施体制に対しても操縦者とは別に実験全体の実施責任者や安全に関して独立に判断する安全管理主任を設けることなどが規定されている。
 また、平成24年3月には有人地帯での無人機運用を目的として内部安全技術基準が改訂された。この改定では、small機(最大離陸重量0.2kg~150kg)について有人地帯の非高密度地帯(第三者が日常的に居住している住居等の施設があってもまばらであり、かつ人や車両、船舶の往来があっても稀である区域)上空で飛行する際の安全基準を追加している。海外での事例を参考にし、構造系、推進系、地上管制系、通信系、飛行安全に関する要求がそれぞれ追加また改訂されている。
 本飛行に関しては試験目的のために必須である場合に限り、非高密度区域の上空であること、可能な限り安全な区域を設定することを条件にして、落下許容区域を越えて飛行区域を設定することを認めている(図4)。
 他に、予測事故被害者数を「飛行中のある時間区間に、機体システム、搭載システム、もしくは地上システムの不具合に起因する事故により発生する被害者数の予測値」として定義(図5)し、
  ・離陸から着陸までの予測事故被害者数を可能な限り下げること
  ・単位時間あたりの予測事故被害者数を規定値に抑えることを規定している。
 無人機システム安全技術基準(増補版)の適用例を以下に示す。
 
 

図3  無人地帯運用を想定した飛行空域設定要求
(JAXA 無人機システム安全技術基準より)



図4  有人地帯運用を想定した飛行空域設定要求
(JAXA 無人機システム安全技術基準より)



図5 予測事故被害者数の定義


 
   (2)災害監視無人機システム
 2005年から2012年にかけて、災害監視を目的とした小型無人機システムの研究開発を実施してきた。同事業においては開発された無人機システムの有用性、運用性を実証するため、実際の運用現場を想定した山間部で防災関係者などを招いた飛行試験を行った。開発時において通常飛行試験を行う実験場(立入禁止・制限区域)ではない河川区域(非立入制限区域)の上空における飛行試験を行うこととなった。同地域内は国勢調査による500m地域メッシュ統計による居住人口は0であったが、農作業、山林保守等の人員の立入があり、また領域に進入する全ての道路(登山道、歩行可能な沢等を含む)を監視下に置くことも困難であったことから事実上有人地帯と見做して増補版を含む安全基準を適用して試験を実施した。
 災害監視無人機の外観を図6に、またその主要諸元を表1に示す。
   
 
 


図6 JAXA 災害監視無人機の外観

要目 諸元 備考
全長 1.6 m 胴体長1.5 m
全幅 2.2 m  
最大離陸重量 5.0 kg

small 機相当

最大運用高度 地上 250 m 航空法等の制限
最大速度 90 km/h  
巡航速度 54 km/h  
最大航続時間 20 分 バッテリ
6100 mAh搭載時
最大航続距離 18 km

表1 JAXA 災害監視無人機の主要諸元

 
   飛行試験では、見通し外(遠隔操縦者から直接目視できる範囲外)での飛行も含め、十数回の飛行を行った(図7)。河川に沿って飛行するなど、上空から既存デジタルカメラで撮影した写真(百数十枚)を飛行経路に沿って並べ合成したもの(図8)など、防災関係者からは同システムの運用性及び有用性に関して一定の評価を得るとともに実用化を行う上での課題が示された。
   
 
 
図7 河川区域(非立入制限空域)における飛行試験


図8 撮影画像合成例(河川沿い飛行ケース)
 
   (3)放射線モニタリング無人機
  国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)との共同研究により2012年より実施している小型無人機による放射線モニタリングシステムの研究開発においては、実用段階において福島地区の広範囲における計測飛行を予定しており、やはり事実上有人地帯上空の飛行が必要になると考えられることから、開発時より増補版を含む安全基準を適用して設計、開発試験等を実施している。放射線モニタリング無人機の外観を図9にシステム構成を図10に、またその主要諸元を表2に示す。
 JAEAでは複数のそれぞれ特徴のある放射線モニタリングシステム(有人・無人ヘリコプタ、マルチコプタ)を有しているが、それらのシステムでの観測を補完し広域観測かつ地形追従など高精度の放射線モニタリングを実現するために技術要求をJAXAに求めている。
 また、JAXA無人機システム安全技術基準(増補版)が求める「予想事故被害者数」をある一定値以下にする要求に対し、第三者制限区域内での飛行による信頼性データを取得し、飛行経路上の人口密度データと信頼性データをもとに簡単に「予想事故被害者数」を推算できるソフトウェアを開発した。そのため、「予想事故被害者数」を一定値以下にする飛行経路を設定しやすくなるなどの実際の運用を想定したシステム開発も行っている。

 
 


図9 放射線モニタリング無人機の外観


図10 放射線モニタリング無人機システム構成

要目 諸元 備考
全長 2.7 m  
全幅 4.2 m  
最大離陸重量 50 kg

small 機相当

ペイロード 3~10 kg以上  
最大運用高度 地上 250 m 航空法等の制限
飛行速度 90~126 km/h  
最大航続時間 6 時間 日中

表2 放射線モニタリング用無人機主要諸元

 
   (4)複数MAV協調マルチコプタ
 JAXAでは、マルチコプタそのものの開発は行っていないが、原子力建屋内部の探査、トンネル内災害対応、橋梁などの検査など、MAV(Micro Aerial Vehicle)の屋内運用能力を向上させることを目的として、以下の研究を行っている(図11)。
  ・GPSが使用できない屋内空間での新しい自己計測・推定手法の開発
  ・探査時間を短縮できる、複数機を協調運用法の開発        

     
 
 

図11 複数MAV 協調マルチコプタ運用イメージ

 

4 社会状況

 小型軽量の無人航空機が誰でも簡単に入手・飛行できるようになってきており、無人航空機の利用人口や飛行領域は急速に拡大している。それに伴い、首相官邸屋上(H27.4)や姫路城天守閣(H27.9)など、落下事件・事故も増加している。
 それに対応すべく、航空法の改正が行われ(H27.9国会成立)、新たに「無人航空機」が「航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器であつて構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう。)により飛行させることができるもの(その重量その他の事由を勘案してその飛行により航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全が損なわれるおそれのないものとして国土交通省令で定めるものを除く。)」として新たに定義され(法第2条)、無人航空機の飛行に当たり許可を必要とする空域(法第132条)、無人航空機の飛行の方法(法第132条の2)とともに罰則規定なども整備された。
 従来、法規類が未整備で、業界団体などの自主基準など自己責任で小型無人機を飛行しており、自由に飛行できた反面、事業として成立しにくいと業者からの声があった。今回の航空法の改正は、無人航空機に対する新たな規制になる一方、これまで曖昧だった無人航空機を安全な運用する条件が明確になったことで、航空以外の業界からも無人航空機を利用しやすい環境が整ったと考えられる。
 小型無人航空機の用途としては、老朽化した橋梁や建物などのインフラ点検や、火山など危険地帯での空撮・ガスサンプル、無人警備システム、宅配などがあげられている。また、屋外アトラクションで使う大型パペットを操作する手段としてマルチコプタを使うなどの、新たな業界からの新たな無人航空機の利用法が出てきており、アイデア次第では全く新たな産業が興る可能性が出てきた。
 
 

5 おわりに

 本稿では、「無人航空機が拓く未来」として、JAXAにおける無人航空機の研究開発を紹介するとともに、無人航空機を取り巻く社会状況について概要を紹介した。
 平成27年の航空法改正では無人航空機が安全に飛行するために必要な事項が制定されたが、無人機の飛行の方法(法第132条の2)以外での飛行(見通し外飛行、夜間飛行など)を誰でも安全に確実に実施するための技術など、今後の無人航空機の発展に必要な課題も明確になっている。
 現在は、無人航空機の利用に対する法規類を含めた環境を整備している途中であり、無人機を使った新たな産業が発生することを心から願っている。
 
 
   
 
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