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リチウム電池の誕生巷でリチウム電池という言葉を聞いて久しい。一口にリチウム電池と呼ばれるが、リチウムを使った電池には大きく分けて使い捨て式電池(一次電池)と充電式電池(二次電池)があり、前者の代表は金属リチウムを負極に使うリチウム金属電池で、後者の代表はリチウムと酸化コバルトの化合物であるコバルト酸リチウムを正極に使うリチウム・イオン電池である。社会が長足に科学的な進歩を実現して行くに従って、ますます、実際の生活においての電池の利用が高まり、もっと長持ちをする、軽く、薄く、短く、小さな電池が求められるようになった。その流れに合わせるように1970年代に硫化チタンを正極に、金属リチウムを負極に使ったリチウム電池が考案され、1980年には商品化されたが、リチウムの化学的な活性が極めて高いため可逆性や反応性に問題があり、発火事故が相次ぎ、広く用いられなかった。1985年に炭素材料を負極とし、リチウムと酸化コバルトの化合物であるコバルト酸リチウムを正極とする新しいリチウム・イオン電池が誕生する。これが今日の私たちに欠かすことの出来ないリチウム電池の主流となっている。 1771年に、死んだカエルの足の神経に二種類の金属を触れさせると足の筋肉がひくひくと動くことをイタリアの生物学者のルイージ・ガルバーニが発見したのが電池の始まりになり、それ以来進化を続けてきた電池の最新の姿のひとつがリチウム電池と言える。リチウム電池のおかげで、私たちは電気というエネルギーを好きなだけ貯蔵し、好きな時に好きなだけ使えるという人類の数万年の歴史の中でも類を見ない便利さを享受できるようになった。リチウム電池は近代の錬金術として、人類に限りない可能性を与えてくれている。 なお、電池はバッテリーとも呼ばれることが多いが、セル(cell:単電池)を複数電気的につないだもの(単電池に対して組電池と呼ばれる)がバッテリーである。 リチウム電池の特徴リチウム電池の特長は、①電圧が3V(ボルト)と一般電池に比べて高い、 ②マンガン電池の約10倍の電力量、 ③長寿命で軽量、 ④放電末期まで電圧が下がらない、 ⑤低温でも使用可能、 ⑥自己放電が少ない、等。 短所としては、大電流の放電には向いていないことがあげられる。重大な欠陥は、熱(温度)暴走することで、特にリチウム金属電池には多く発生する。 リチウム電池の消費量は年々増加の一途をたどり2000年に5億個であったが、2010年には9倍の 45億個、2020年には80億個が推定されている。使用目的は、ノートパソコン、タブレット、各種モバイル機器、デジタルカメラ、携帯電話、医療機器、e-シガレット、各種電気器具、ハイブリット車両など広範囲にわたっている(図1、図2)。 |
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リチウム電池の航空輸送について国際連合(UN)の経済社会理事会の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)は爆発物、引火性物質、可燃性物質、放射性物質、毒物などの危険物の取り扱い、ならびに包装方法、量、ラベル、申告書などについて厳しい規則を設けている。これをもとに国際航空運送協会(IATA)はIATA危険物規則書(IATA Dangerous Goods Regulations、以下 DGRとする)を作成し、航空による危険物貨物はDGRの該当する規定に基づき輸送される。我々が生活をするうえで不可欠な存在となっているリチウム電池を航空機で安全に輸送するためには、この規則を順守することが必要である。航空輸送上、リチウム電池は、充電不能で使い捨ての一次電池(リチウム金属電池およびリチウム合金電池)と充電可能な二次電池(リチウム・イオン電池およびリチウム・ポリマー電池)とに分けられる。さらにそれらは出荷時の状態を、 ①使用する機器は送らずにリチウム電池自体のみを輸送する場合、 ②リチウム電池を使用する機器と同梱して輸送する場合、 ③リチウム電池を使用する機器に装着した状態で輸送する場合、 のそれぞれ3パターン、合計6パターンに分類され、それぞれ対応する国連(UN)番号を明示し、包装基準(Packing Instruction、以下 PIとする)に準じて梱包し、輸送する必要がある(表1)。 |
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表1 リチウム電池の種類と出荷状態と国連(UN)番号と包装基準(PI)番号
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こうした規制を受けずに、また、機長への書面による搭載通知(NOTOC)に記載されずに輸送されているリチウム電池が非常に多量にあり、また、これらが不測の事故の原因になって航空機の事故、人命の損失にまで至っていることに鑑み、リチウム電池そのものを輸送する場合のみを対象とし、2013年からは包装基準(PI
965と PI 968)の Section I(危険物扱い)と Section II(非危険物扱い)の中間にSection IBが設けられ、当該貨物を危険物として区分することで取扱いの規制が強化された(それにともなって、従来のSection
Iは Section IAになった)。非危険物扱いの Section IIの規定数量より多い場合はSection IBに該当するものとして、これらについては、 ①危険物申告書が必要、 ②チェック・リストによる受託のチェックが必要、 ③機長への書面による搭載通知(NOTOC)が必要であるとの警告の意味も含めて、リチウム電池取扱いラベルに加えてClass 9(Class 9は「その他の危険物」として分類され NOTOCが必要)の危険性ラベルも併用して貼る、 ④申告書の PI記載欄に PI 965 IB、PI 968 IBと付記しなければならない とした(表2)。 |
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表2 リチウム電池に関するPIの各Sectionの概要
** NOTOC:機長への書面による搭載通知書 |
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リチウム・イオン電池についての輸送量制限値は1包装につき、リチウム・イオン電池のセルは2. 7Wh(ワットアワー)以上、20 Wh以下、バッテリーについては2.7Wh以上、100Wh以下。リチウム金属電池のセルについてはリチウム含有量が0.3g以上、1g以下、バッテリーについてはリチウム含有量が0.3g以上、2g以下とした (表3、表4)。 |
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表3 リチウム・イオン電池単体を輸送する場合にPI 965の定める1包装物内の電池の個数限度および限度量
表4 リチウム金属電池単体を輸送する場合にPI 968の定める1包装物内の電池の個数限度および限度量
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アメリカでは、長年、リチウム金属電池は旅客機搭載不可であったが、リチウム金属電池に関わる発火事故が多発しているので、国連(ICAO)もアメリカ方式を採択し、2015年1月1日より、DGR
56版においてリチウム金属電池のみを輸送する PI 968に限り、旅客機搭載を禁ずることに決定した。貨物機が飛んでいない路線に限り、特別規定SP
A201を設けDGR 56版1.2.6「適用免除」の規定により、荷送人が発地国政府、航空会社の所属する国の政府、通過国政府、上空通過国政府と、仕向国政府から書面による適用免除許可証を取得し、かつ、それらの国の政府がその許可の事実を
ICAOの Chief of the Cargo Safety Sectionに 3ヶ月以内に通知し、荷送人はその許可証に従って貨物を準備すれば、旅客機搭載を特例として認める道を開いている。 なお、リチウム金属電池が使用する機器と同梱で輸送されている場合(PI969)、また、リチウム金属電池が機器に装着されている場合(PI970)は、電池同士が隣り合っていないので、熱暴走を起こす可能性が低いため、今までどおり、旅客機搭載をして差し支えない。 連鎖破裂による発火を防ぐためにリチウム電池の航空輸送上の一般要件としては、以下の 3件があげられる。
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図3 梱包されたリチウム電池が連鎖的に燃焼する状況を再現したテストにおける発火前(左)と発火後の状態(右)(出典:US DOT) |
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リチウム電池が破裂して発火すると、すぐに200度近くまで温度が上昇し、燃え続けるとおよそ 650度まで上昇する。これはアルミの溶ける温度であり、航空機やコンテナの素材にはアルミ原料のジュラルミンが使用されているので、悲惨な事故につながる可能性が多分にある。リチウム電池の火災鎮火に最も効果があるのは温度を下げる水である。航空機に搭載されている消火剤にはハロンが多いが、ハロンはそれ自体に温度を下げる効果は無く、炎に泡をかぶせて酸素が届かないようにすることを目的としており、リチウム電池による火災の消火に向いていない。 ここまでは、リチウム電池を「貨物」として輸送する規定に付いて述べてきたが、2015年からの「旅客の手荷物」として携行する場合の規定の変更についても、若干、述べておこうと思う。IATAは最新の DGRの改訂で、リチウム電池を含む医療用の器具、スペアのセル、バッテリーや、携帯可能な小さな電子機器の規定を大きく 3つに分類した。
リチウム電池が原因の航空機事故過去には、リチウム電池を原因とした航空機事故が多発している。米連邦航空局(FAA)のまとめた資料では、1991年 3月 20日から 2015年4月3日までの間に152件の貨物および旅客手荷物の電池に関する事故およびインシデントが記録されており、そのうち 79件がリチウム電池に関連している(図4)。ただし、2006年 2月 7日のユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)の DC-8の火災(図5)や 2010年 9月 3日にアラブ首長国連邦のドバイで墜落した同じくUPSのB 747の事故など、貨物のリチウム電池が原因として強く疑われるケースについて、おそらく肝心の証拠が焼失したためと思われるが、FAAは原因をリチウム電池とは特定していない。B787型機は2011年10月26日に全日本空輸(ANA)が成田-香港線で、世界で初めて運航した新しい機材だが、同型機は民間旅客機として世界で初めてリチウム・イオン・バッテリーを採用した。そのリチウム・イオン・バッテリーが原因で生じた不具合が 2013年 1月に続発した。 |
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図4 貨物および旅客手荷物として運ばれていたリチウム電池が関わった事故およびインシデントの発生件数。FAAのまとめた資料では、1991年3月20日から2015年4月3日までの間に 152件の事故およびインシデントが記録されており、そのうち79件がリチウム電池に関連している(出典:FAA Office of Security and Hazardous Materials Safety:“Battery_incident_chart.pdf”) 図5 2006年 2月 7日、フィラデルフィア空港において UPSの DC-8で起きた火災は、搭載したラップトップ PCのリチウム・イオン電池が原因として疑われている。機体は全損した(出典: NTSB) |
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一つは、2013年1月7日、日本航空(JAL)の008便がボストン空港に着陸した後、地上で発生した火災事故(図6)。もう一つはANA機で、2013年 1月 16日、692便が宇部から羽田へ飛行中、香川県上空で電気室に煙を探知し、機長がいち早く高松空港へ緊急着陸をして、事なきをえた。日本当局は同日から B 787型機の飛行停止を命じ、アメリカはじめ各国も同様の措置をとった。再就航は同年6月1日、4か月半ぶりの再飛行だった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
図6 B787のAPU用リチウム・イオン・バッテリーの普通の状態(左)と2013年1月7日に火災事故を起こした JAL機のもの(右)(出典:NTSB) |
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米運輸安全委員会(NTSB)は2014年12月1日の発表で、GSユアサのリチウム・イオン電池の設計に欠陥があったと発表した。ボーイングによる安全確認のための認証監査にも問題があった。NTSBはボーイングが「セル
1個がオーバーヒートしても他のセルには広がらない」と主張したことで、FAAがデザイン承認を与えてしまったと指摘し、下請け企業に対する安全確認をさらに厳しくするよう勧告した。また、バッテリーを構成する
8個のセルのうち、1個が内部でショートした場合、他のセルも連鎖的に異常な高温となる熱暴走を起こす欠陥があったと指摘した。FAAに対しては、熱暴走の可能性について十分な検証を行わなかったと指摘し、15項目にわたって、新技術を伴う設計に関する安全評価を改善し、検査官に対する指揮監督を厳しくするよう勧告した。GSユアサに対しては、製造工程を検証し、欠陥を事前に発見・除外できるように従業員の訓練の徹底を求めた。 ボーイング社は改善策として、セルがオーバーヒートしても熱が伝播しないように個々のセルを保護し、バッテリーが火災を起こしても、バッテリーの外に延焼しないようにバッテリーをステンレスの箱に収納し、燃焼の際に発生する有毒なガスを機外に排除するダクトを装備した。2013年1月16日に高松に緊急着陸した ANA692便のリチウム・イオン・バッテリーの火災については、国土交通省航空局が昨年 11月、バッテリー内部でのショートが原因と発表したが、なぜそうなったかはわかっていない。 キャパシタも危険物の対象に最後に電気二重層キャパシタ(国連番号と正式輸送品目名:UN 3499、Capacitor, Electric Double Layer。略称:EDLC、別称:電気二重層コンデンサー)についてふれておきたい。包装基準はPI 971、0.3 Wh以下のキャパシタは危険物に該当しない。EDLCは、電気二重層という物理現象を利用することで蓄電量が著しく高められたコンデンサーである。EDLCはウルトラ・キャパシタ(Ultra Capacitor)とかスーパー・キャパシタ(Super Capacitor)とも呼ばれている。特徴は、 ①内部抵抗が低い、 ②短時間で充放電が行える、 ③充放電による劣化が少ないので製品寿命が長い、 ④電圧が低い、 ⑤自己放電によって時間と共に失われる電気が比較的多い、 ⑥充放電時に電圧が直線的に変化する、 ⑦価格は比較的高い、等。 一斉放電するので、電力が瞬時に必要なハイブリッド車両のスターターなどに使われている。他の実用例は、電子回路のメモリー・バックアップ電源、無停電電源装置・瞬時電圧低下補償装置、レーザープリンターやコピー機の容量ドラムの急速加熱用電源、バッテリー式フォークリフトにおけるバッテリーとのハイブリッドシステム、モバイル機器の電池交換時バックアップ電源、ガス安全弁の緊急時電源などがある(図7)。 |
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図7 円筒型電気二重層キャパシタ(内部略図) 1.端子、2.安全弁、3.端子板、4.容器、5.正極、6.セパレータ、7.分極性電極、 8.集電極、9.分極性電極、10.負極。(出典:ウィキペディア) |
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キャパシタには、単体(stand-alone capacitor)および複数の単体を電気的に接続したモジュール(module)の形態がある。キャパシタの単体はリチウム電池のセルに相当し、モジュールはバッテリーに当てはまる。キャパシタそのものを輸送する場合と、キャパシタが機器に組み込まれた状態で輸送する場合がある。キャパシタに含まれている電解液はアセトニトリル(UN
1648)のような危険物の場合と、危険物でない電解液の場合がある。 EDLCに含まれないキャパシタにリチウム・イオン・キャパシタ(UN 3508、別称:非対称キャパシタ)がある。EDLCは正極と負極に同一の素材が使われているが、リチウム・イオン・キャパシタでは正極と負極の素材が異なるため、非対称キャパシタ(Asymmetric Capacitor)と呼ばれている。リチウム・イオン・キャパシタは従来のキャパシタと比較してエネルギー密度が優れている。従来のキャパシタの電圧は2.5 Vから3 V程度だが、リチウム・イオン・キャパシタは4 V程度まで上昇させることができる。その他の特徴としては、 ①電流の出力密度、寿命、メンテナンスもEDLCと同等、 ②自己放電が少ない、 ③リチウム・イオン電池と比べて、熱暴走を起こしにくく安全性が高い、 ④価格が高い、 ⑤下限電圧に制限がある、 ⑥過放電が進むとセルが劣化するため電圧監視のための制限回路が必要となる、 ⑦電気二重層にくらべ高温特性に優れている、等。 実用例としては、太陽光発電の蓄電用、風力発電の蓄電用、自動車の補助電源(パワーアシスト )、産業機械、街灯電源などである。 EDLCや、リチウム・イオン・キャパシタは、一部のリチウム電池を代替する可能性がある。今後の技術の進歩に大いに期待をするところである。 リチウム電池もキャパシタも、科学の進歩が速く、商業化も早い。ゆえに規則が常に後追いになっている現状があるが、最新の規則を順守することが事故を防ぐ最良の手段である。これから先、キャパシタの航空輸送は増えてくる。その際、コンデンサーと表記されたものもキャパシタなので、よく注意をして、規則に従って取り扱う必要がある。 航空貨物輸送の安全を守るために航空貨物輸送、特に危険物輸送は一つの小さな事象が大きな事故に繋がる可能性を常に孕んでおり、それを回避し、安全を守るためには荷主と航空会社相互の信頼関係の上に、正確な情報の共有、規則の順守が不可欠である。物流の最上流にいる荷主が常に正確な情報のもとにしっかりと規則を順守すれば、航空会社は安心して貨物を取り扱うことができ、物流チェーンの安心・安全が確保されるのである。 |
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