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宇宙旅行商品化物語  
中村(Nick)豊幸
2006.07.15
   
   
  2005年8月18日、JTBはスペースアドベンチャーズ社(本社:米国バージニア州、以下、SA社)と日本における宇宙旅行の独占販売契約を締結し、10月から販売を開始することを記者会見で発表した。宇宙旅行の目玉商品は、「本格宇宙旅行(軌道飛行)」。ロシアのソユーズロケットに乗り、高度400kmの地球の軌道を周回する国際宇宙ステーション(ISS)に1週間滞在するツアーで、毎年春と秋の年2回実施し、6〜8カ月の訓練を含め、旅行費用は2千万ドル(約24億円)。宇宙から富士山やエベレスト、アマゾン川やガンジス川など美しい地球の景色を眺めたり、ハリケーンやオーロラなどの気象観測もできる2006年7月現在、民間人で3人体験し(アメリカ実業家デニス・チトー氏、南アフリカIT起業家マーク・シャトルワース氏、アメリカ技術起業家グレッグ・オルセン博士)、9月には4人目の民間人として榎本大輔氏が打ち上げ予定。また、DSE(Deep Space Expedition)アルファ計画(「月旅行」)は、ロシア連邦宇宙局(FSA)およびロケット宇宙公社エネルギア(RSCエネルギア)とのパートナーシップにより実施が可能となった。見どころは、間近に見る月の景色。映画「2001年宇宙の旅」にも登場した「ティコクレーター」や、月の中で最も美しいと言われる「コペルニクスクレーター」、アポロ13号が着陸できず、アポロ14号が着陸した「フラマウロ高地」など見どころが豊富。クライマックスは、地球から決して見ることのできない月の裏側へ飛行し、月から見る「地球の出」。2008年以降の実施を予定し、旅行費用は1億ドル(約120億円)。


(写真提供:スペースアドベンチャーズ社)

 JTBは市場の需要を先取りすべく事業創造本部を設立した。ここは新しい試みを模索する部署であり、2005年2月、私はそこに異動になった。そこで自分には何ができるのか?考え抜いた結論が宇宙だった。商品化できたら旅行業界における究極の夢の商品になる。国会図書館に通い調べたところ、SA社のこと、2004年のX Prize Cupの成功、Commercial Space Launch Amendments Acts of 2004(商用宇宙打上げ改正法)等、米国では民間人が宇宙に行く環境が整備されつつあることがわかった。一方、SA社も都内に日本事務所を開設し、日本でのパートナーを探していた。早速SA社にコンタクトを取り、5月からは何度も米国に渡り、メールや深夜におよぶ電話で契約内容を交渉した。そして6月には社内の宇宙旅行事業化のプレゼンテーションが行われた。予想はしていたが、社内の反応は鈍かった。宇宙旅行商品の法的な位置づけ、安全性の基準、SA社の実績、ビジネスとしての予測数値等、危惧する声が多かった。だが、今ここでやらなければ近い将来、必ず他社にやられてしまう。(現に同年5月にクラブツーリズムが英国バージン・ギャラクティック社の宇宙旅行商品の販売を発表していた。)さらに宇宙は無限の可能性を秘めていると会議の席で訴えた。後日、会社からゴーサインが出て、JTBに宇宙旅行事業推進室が誕生した。

 8月の記者会見後の反響は大きく、マスコミ関係者からの取材が殺到したが、私はうわついたプロモーションは一切せず、正確な情報を伝えていくことを心がけた。安請け合いすることはJTBのブランドを傷つけてしまう。できることと、できないことを正確に伝える、地に足をつけたプロモーションをこれからも続けていくつもりだ。


(写真提供:スペースアドベンチャーズ社)

 月旅行、本格宇宙旅行(軌道飛行)以外の商品として、「宇宙体験旅行」、「無重力体験」、「超音速ジェット機体験」がある。「宇宙体験旅行」は旅客機の10倍の高度100kmに急上昇し、宇宙空間を体感しながら眼下に青く美しい地球を眺めることができる。ここ日本にいて、こうした話はいかにも「雲をつかむよう」で、その実現性をにわかには信じ難いかもしれないけれども、海の向こうにおいて、2004年のX Prize Cupによるスペースシップワンの成功以降、宇宙船開発競争は激化している。アメリカNASAには商業宇宙飛行の民間開発に関する法整備には一段落の趣があるのだ。そうした競争のなか、使用予定の宇宙船はロシア「エクスプローラー」が有力で、それ以外にもロシアサブオービタルコーポレーション社「コスモポリス21」がある。アメリカではたとえば、XCOR社「ジーラス」などが現在開発中である。この「宇宙体験旅行」に、アラブの王族、ハリウッドスター、実業家など世界中で200名近くが予約済みである。2008年以降の実施を予定し、旅行費用は10万2千ドル(約1,224万円)。

 夢物語ではなく、現実となっているのが「無重力体験」。価格もちょっと手を伸ばせば届きそうだ。それは、1回約30秒の無重力体験を10回程度繰り返し体験することができ、ロシアとアメリカで実施されている。ロシアではスターシティーなどの観光付き4日間、アメリカは日帰りプログラムで、旅行費用はロシア9,895ドル(約119万円)、アメリカ3,750ドル+州税5%(約47万円)。「超音速ジェット機体験」もある。こちらは、ロシア空軍の超音速ジェット機に搭乗し、宇宙の入口を訪れる。高度25kmの上空から眼下に湾曲する地球の表面を眺め、頭上に漆黒の宇宙空間を体験する。スターシティーなどの観光付き5日間、旅行費用は搭乗するジェット機により異なり、23,995ドル(約288万円)から31,995ドル(約384万円)。

これらを昨年10月に販売を開始したところ、問合せはわれわれの予想以上だった。

 私は30年先を見ている。まずこれからの10年は底辺を固める作業で終わるだろう。次の10年で市場は成熟し、競合他社も参入してくるだろう。そしてさらに次の10年。宇宙でのウエディングや未来のある学生たちの修学旅行などが現実化する可能性は十分にある。

「雲をつかむよう」な話とやりすごしているうちに、宇宙は着実に現実味のある旅行商品へと近づいてきている。
  (写真提供:スペースアドベンチャーズ社)

  

なかむら とよゆき、JTB宇宙旅行事業推進室 室長

 
         
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