解説 |
知覧特攻平和会館の「疾風」(以下、本機)は1944年12月、中島飛行機太田工場で製造され、同月、飛行第11戦隊に配備されて1944年12月にフィリピンに進出し、1945年1月にアメリカ軍にルソン島で鹵獲された。オーストラリアを経てアメリカに運ばれ、調査を受けた後、1952年にエド・マロニー氏に購入された。マロニー氏は飛行可能な状態にした本機を1973年に日本人に売却し、日本に里帰りして同年10月の国際航空宇宙ショー(入間基地)で展示飛行、宇都宮の富士重工へのフェリー飛行、陸上自衛隊北宇都宮駐屯地で一度飛行(1973年11月18日、同機の最後の飛行)をしている。
本機は、1978年〜1991年に京都嵐山美術館に展示、白浜御苑(和歌山県)での保管を経て、1995年に知覧町(現・南九州市)に購入され1996年に知覧特攻平和会館に展示された。
中島飛行機は1917年から飛行機の開発を始め、1920年代後半〜1930年代前半にはフランスから招聘した航空技術者の指導を受けながら技術力を高めて日本の主要な航空機メーカーに成長し、多くの軍用機と民間機を開発生産した。四式戦闘機「疾風」は中島飛行機の開発した最後の陸軍戦闘機であり、装備するハ45エンジンもまた、日本の航空エンジン開発の到達点だった。約3500機が生産されたが、現存しているのは本機のみである。
知覧特攻平和会館では2017年から本機の文化財的調査に取り組んでおり、その成果を『陸軍四式戦闘機「疾風 (1446号機) 」保存状態調査報告書 I』に纏められている。
本機は、戦後に飛行可能とするために計器・装備品の交換が行われ、ネジ類も点検と整備に付随する形でアメリカ製のもの交換されているが、多くの部位でオリジナルの状態を保持していることが確認出来る。
2020年11月17日、南九州市指定文化財(有形文化財 歴史資料)に指定された。 |