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重要航空遺産
立飛R-HMおよび関連資料解説

所有者 株式会社立飛ホールディングス
保管 株式会社立飛ホールディングス
解説  名称の「HM」は設計者のフランス人アンリ・ミニエ(Henri Mignet)のイニシャルである。アンリ・ミニエは1920年代から誰でも空を気軽に飛ぶことができる飛行機の開発を志し、通常の飛行機にある昇降舵、方向舵、補助翼の3舵を組み合わせて使う操縦方法は多くの人には難しいと考え、主翼の角度の変更と方向舵だけで操縦するという特殊な方式を採用した「プー・ド・シエル」を1933年に初飛行させた。一人乗りのスポーツ機である「プー・ド・シエル」は愛好者が自分で作って気軽に飛行を楽しめる飛行機として一時的に世界中で流行し、日本でも生産された。
 しかし、降下の角度が大きくなると回復出来ないことがあるという飛行特性の問題が明らかになったため、人気は長続きしなかった。戦後に開発されたR-HMは「プー・ド・シエル」の飛行特性の問題を解決するべく改良が加えられると共に実用性向上を目指して二人乗りとなったが、操縦性と安定性に問題が有ったため耐空証明が得られず量産化されることもなかった。しかし、空を飛ぶことを身近なものにしようとした試みとして航空史に残る存在である。 アンリ・ミニエはその後も世界各地で同じコンセプトの自作航空機を設計し続けたので、「プー・ド・シエル」のファミリーは世界中に存在し、その一部は現在も飛行している。R-HMは、一人の発明から世界中の自作航空機愛好家たちに広がった飛行機の1つとしても位置付けることができる。
 R-HMは1955年の飛行終了後、交通博物館で1973年まで展示されたが、その後は立飛ホールディングス社内で保管されていた。2013年の修復作業では羽布の張替えなどがオリジナルの手法に則って行われており、文化財的価値は高い。 また、同機に関する文献資料は開発および試験飛行の詳細を伝える貴重な資料である。
現在の立飛R-HM(株式会社立飛ホールディングス提供)

東京湾上空を飛ぶ立飛R-HM。1954年12月16日撮影。(日本航空協会所蔵)

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