H145/BK117 D-2型ヘリコプタの設計変更概要
その他
概要
BK117は高性能多用途ヘリコプタとして人員輸送、警察、消防、防災、EMS(Emergency Medical Service)用途等に世界中で使用され、シリーズ累計で1,300機を超えており、常に時代のニーズに対応して改良設計を続けている。本稿ではシリーズ最新モデルであるH145/BK117D-2型(以下D-2型と言う。図1)の開発課題とその解決方法を交えて、D-2型設計変更の概要を紹介する。
1.はじめに
BK117は、川崎重工とドイツMBB社(メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社、現エアバス・ヘリコプターズ・ドイツ(以下AHDと言う))が1977年に開始した国際共同開発プロジェクトである。BK117C-2型(以下C-2型と言う)の開発までは、それぞれの国で型式証明を取得し、それぞれの会社で製造してきた(当社の機体型式名称は川崎式BK117、AHDの型式名称はMBB-BK117)。D-2型(AHD販売名:H145)の開発では、C-2型まで有効であったLBA(ドイツ航空局)とJCAB(日本航空局)間の共同型式審査合意が無効とされたため、型式証明を欧州の航空局(EASA)に統合することになり、2014年4月にEASAからAHD社が型式証明を取得した。その後、日本国内では2016年1月にJCABからAHD社がエアバス・ヘリコプターズ式BK117D-2型として型式証明を取得した。製造及び開発については、これまでと同様、川崎重工とAHDがそれぞれの分担部位を担っている。日本国内におけるライセンスについては、航空従事者技能証明の限定が操縦士及び整備士ともにD-2型はC-2型と同じ“BK117”である。つまり、C-2型までのライセンス所有者が転換訓練によってD-2型を操縦・整備可能である。
図2にBK117の設計変更の変遷を示す。BK117はエンジン型式を変更するとアルファベットが変更され、その他部位の設計に大変更が行われると数字が変更される。D-2型ではエンジンをアリエル1E2からアリエル2Eに変更したため、型式名称がC型からD型に変更になった。過去にD-1型開発構想があり、型式設計変更申請したが実機開発には至らずキャンセルされたため、本機はD-2型としている。
2.開発課題
D-2型に対する開発課題を以下に示す。
●性能向上(TA級、ホバリング)
●安全性向上◦操縦・整備ワークロード低減
●低騒音
現存するC-2型のメリットを継承しつつ、市場のニーズであるこれらの課題をクリアするため、D-2型の開発が進められた。
3.性能向上(TA級、ホバリング)
ヘリコプタは夏場の運用や高高度での運用時にエンジン性能が低下するため、状況によっては全備重量を削減して運用しなければならない場合がある。D-2型では高温高高度でのAEO(All Engine Operative:両発動機作動時)ホバリング性能、屋上などのヘリパッドを使用する場合に必要なTA級(注1)垂直離着陸性能の更なる向上が望まれた。更に、日本のユーザーからSAR(サーチ&レスキュー)運用においてホイストを使用して連続した人命救助を行う際に、ホバリングで使用する離陸出力継続時間が5分間であるが難しいミッションの遂行のためには余裕が必要であり、離陸出力継続時間を30分間に延長する要望があった。
ホバリングおよびTA級性能を向上するためには、利用可能パワーを上げる必要があった。利用可能パワーは、エンジン性能とこれを伝えるトランスミッション性能で決まる。D-2型ではエンジン性能(エンジン定格)を向上したアリエル2Eを搭載した。アリエル2Eは、FADEC(Full Authority Digital Engine Control)によるエンジン・トルク及び回転数制御も特徴である。利用可能パワーを決めるもう一つの要素は、回転翼にエンジンからのトルクを伝達するトランスミッション性能である。D-2型では、ギア歯当りを修正し、オイルを変更、他機の証明を参考に、30分間離陸出力項目を組み込んだタイダウン試験(図3)によりトランスミッション定格向上を実証した。また、本トランスミッションはオイル漏洩時の安全性を付加するために、ベアリング材質及びギアのバックラッシを変更し、ベンチ試験によりドライラン特性を証明した。
エンジン換装とトランスミッション定格向上により、D-2型エンジン及びトランスミッション限界は表1のように大きく向上した。これらの性能向上に伴って最大全備重量をC-2型:3,585kgからD-2型:3,700kgに増加させた。C-2型のアリエル1E2エンジンでは、OEI(One Engine Inoperative:1発動機不作動時)定格として2分30秒間出力を採用しているのに対し、D-2型のアリエル2Eエンジンは、最新の30秒/2分間出力を採用した。OEI発生時には急激に稼働側エンジンの追加トルクが必要となるが、リカバー操作により低トルク飛行へ移行するのには30秒あれば十分であり、その後はややトルクを下げた2分間出力へ移行できる。このように、FADECにより定格出力を細分化し効率良く使用できるように設計変更を行った。
定格出力 | C-2 | D-2 |
---|---|---|
片発30秒 | ー | 150% |
片発2分 | ー | 130% |
片発2分30秒 | 125% | ー |
片発連続出力 | 91.5% | 100% |
両発離陸出力 | 88% ×2(5分間) | 95% ×2(30分間) |
両発連続出力 | 71%×2 | 74%×2 |
表1 エンジン及びトランスミッショントルク限界
屋上ヘリポートからの離着陸で使用されるTA級垂直離着陸(VTOL)では高いOEI性能が要求される。D-2型のTA級垂直離着陸全備重量は、ISA+20℃(注2)、高度6,000ftにおいてC-2型と比較して560kg増加するなど、性能が飛躍的に向上した(図4)。
D-2型は、OEI性能とともにAEO性能も向上した。AEO定格向上により、図5に示されるように、地上気温35℃の大気条件(ISA+20℃)での最大全備重量におけるホバリング可能高度はC-2型からD-2型で6,900ft向上した。また、同じ大気条件において12,000ftの高度におけるホバリング可能全備重量を例にとると、ホバリング可能全備重量は240kg増加した。前述したように離陸出力継続時間を5分間から30分間に延長したこと、夏場の気温が高い条件におけるOGE(Out of Ground Effect:地面効果外)ホバリング性能が向上したことにより、D-2型のレスキュー運用能力は格段に向上していることがわかる。
これらの性能向上はパワー余裕の増加に繋がり、次項の安全性向上にも寄与する。更にC-2型ではAEO連続出力71%×2=142%よりOEI2分30秒定格125%の方が小さいが、D-2型ではAEO連続出力74%×2=148%よりOEI30秒定格150%の方が大きいため、1発動機不作動時の安全性が格段に増していることが判る。
4.安全性向上
空を飛ぶ航空機にとって、安全性は必須の要求である。D-2型ではC-2型からの更なる安全性向上のため、前述したパワー余裕増加の他に次の設計変更を実施した。 C-2型ではテール・ロータを意図的に高い位置に取り付けることで、地上運用時の安全を確保していた。D-2型では回転するテール・ロータ・ブレードをシュラウドによって物理的にガードするフェネストロン型ロータ(図6)を採用した。これにより地上運用時だけでなく、レスキュー時など狭所にて運用する際にテール・ロータと地上物との接触による事故防止に貢献する。フェネストロンへの変更と合わせて、テール操縦油圧系統の2重化も実施している。 エンジン・コントロールについては、FADEC化によってロータ回転数の変動が減ると共にエンジン始動停止操作手順が簡素化されたことによって、パイロット・ワークロードが低減し、安全性向上に寄与している。また、OEIの非常操作についてパイロットは訓練により習熟する必要があるが、本当の1発不作動にしてしまうとエンジン及び機体駆動系統にダメージを与える可能性が避けられない。D-2型では、FADEC制御及び新統合計器 HELIONIX の機能により、AEOのままでOEIを模擬する機能であるトレーニング・モードが標準装備された。これによりパイロットは機体にダメージを与えることなく訓練を実施することができる。エンジン・コントロール・パネル(図7)中央部のTRAININGボタンを押すことにより、AEOのままOEI表示のトレーニング・モードを起動することができる。計器表示だけでなく過渡的なトルク変動をも模擬しているため、実際のOEI状態同様の動きを体感できる。トレーニング・モードはTRAININGボタンを再度押すことによりいつでも中止できる。
5.操縦・整備ワークロード低減
操縦・整備ワークロード低減は先の安全性向上に繋がると共に、ヘリコプタの商品価値を高める。D-2型では、C-2型からの更なるワークロード低減のため、整備点検間隔の拡大の他に次の設計変更を実施した。D-2型では4軸オートパイロットを導入した。これは、C-2型の3軸オートパイロットにCP trimactuator と CPSEMA(Small Electro – Mechanical Actuator)を追加装備したものである(図8)。
D-2型のオートパイロットには以下のモードがあり、C-2から追加されたモードを※印で示す。
基本安定モード:
ATTモード(姿勢保持)
DSASモード(デジタルSAS)
基本上位モード:
ALTモード(気圧高度保持)
ALT.Aモード(気圧高度獲得)
CRHTモード(電波高度獲得保持)※
IASモード(指示対気速度獲得保持)
HDGモード(機首方位獲得保持)
VSモード(昇降率獲得保持)
GAモード(ゴー・アラウンド)
航法及びアプローチ用上位モード:
VORモード(VOR航法)
NAVモード(GPS航法)
LOCモード(ILS進入ローカライザ)
GSモード(ILS進入グライドスロープ)
APPモード(横方向RNPアプローチ)※
V.APPモード(垂直方向RNPアプローチ)※
GPS基準の上位モード:
FPAモード(パス角獲得保持)※
TRKモード(トラック角獲得保持)※
GTCモード(速度ベクトル保持)※
GTC.Hモード(ホバー保持)※
D-2型では、C-2型のピッチ軸、ロール軸、ヨー軸の3軸制御にCP軸の制御が加わって4軸制御になったことで上位モードの組合せが可能となると共に、オートパイロットのモードが増加してより高機能となったことで、パイロット・ワークロードをこれまで以上に効果的に軽減させることができる。
D-2型では統合計器をC-2型のCPDS(Central Panel Display System)/FCDS(Flight Control Display System)システム(図9)から大型ディスプレイと高速処理能力を備えた HELIONIX システム(図10)に変更した。C-2型のCPDS/FCDSシステムの7台のディスプレイを6×8インチの大型ディスプレイ3台に統合することにより、個々の表示は従来から継承しつつ、ディスプレイ上に見易くアレンジしている。更にC-2型の5つのアナログ式予備計器を統合したIESI(Integrated Electronic Stand – by Instrument)が搭載された。
HELIONIXシステムは、画面の周りのフレームに配置されたベゼル・スイッチにより操作を行う。画面フォーマットはMFD(Multifunctiondisplay)フレーム上部のベゼル・スイッチで選択する。これらのベゼル・スイッチはメイン・セレクト・キーと呼ばれ、画面にラベルが表示されており、どのキーを押せばよいかが一目で分かるようになっている(図11)。MFDは、コパイロット画面がMFD1、センターがMFD4、パイロットがMFD2と識別される。
種々の画面フォーマットのうち、FND(Flightand Navigation Display)フォーマット(図12)は最も基本的なフォーマットであり、主要な全ての情報を表示する画面である。MFD2(パイロット)は常にFNDフォーマットが表示される。
FNDフォーマットでは、標準のFDS(Flight Display System)表示フォーマットの他に、地形情報を表示するSVS(Synthetic Vision System)表示フォーマット(図13)を選択可能であり、VFR及びIFRでのパイロットの状況認識を向上させる。VFRでは、パイロットが機外の視覚的基準(例えば谷、川、山)の位置を特定することを支援し、機外の視界がSVS範囲より狭い場合はパイロットが地形の存在を予測することを可能にする。IFRでは、状況認識を向上させ、VFRIFRの切替えを容易にする。
VMS(Vehicle Management System)フォーマット(図14)は機体及びセンサーの状態に関する情報を表示する。MFD1(コパイロット)又はMFD4(センター)で選択することができる。
その他、詳細な航法情報を表示するNavigation Display(NAVD)フォーマットや、文書、チャートや写真を表示するElectric Flight Bag(EFB)フォーマット等が用意されており、パイロットやコパイロットに見易い視覚情報を与え、安全性とワークロード低減に寄与している。
6.低騒音
地上付近での運用が多いヘリコプタにとって、住民の生活に影響する機外騒音は非常に大きな問題であり、ヘリコプタの機外騒音の改善は、今後の重要な課題の一つである。C-2型では、メイン・ロータの変更、ロータ回転数スケジューリング等により世界トップ・レベルの低騒音化を実現していたが、C-2型では更なる低減を目指した。
低騒音化要求への対応として、フェネストロンの採用が挙げられる。フェネストロンのシュラウドによって物理的な騒音低減効果があると共に、メイン・ロータ後流渦とテール・ロータとの干渉や高速飛行時の遷音速域効果から守られる。
ステータ・アセンブリには、非対称かつそれぞれ異なる角度をもつ10個のベーンが取付けられることで、テール・ロータによって発生する気流を整流にし、空力効率を向上させて、同スラスト時の騒音レベルを下げる働きがある。
10枚のブレードは不等間隔に配置されて、非対称で異なる傾きを持つステータのガイド・ベーンとの組合せで音響振動を重ね合わせ、テール・ロータの騒音レベルを軽減させる。
D-2型で証明された騒音基準はICAOCHAPTER8の8.4.1項であるが、2002年以降の新型式の機体に適用されるより厳しい8.4.2項の基準も十分にクリアしている。D-2型は、C-2型よりも最大全備重量を増大しているが、騒音レベルは低くなっている。
図15、16にD-2の機外騒音レベルを離陸中及び上空通過について他機と比較したデータを示す。
ICAO騒音基準に規定される離陸、上空通過、着陸のいずれにおいても、D-2型はC-2型よりも騒音レベルが下がっており、他機と比較しても格段に機外騒音が低い。
C-1型からC-2型への低騒音化では、メイン・ロータ・ブレードの形状変更や速度・高度に応じた可変ロータ回転数により、大きな低騒音効果を獲得した。D-2型では、C-2型の良好なメイン・ロータの騒音特性を保持しながら、テール・ロータの騒音特性を改良することによって、更なる低騒音化を実現した(図17)。
7.まとめ
D-2型は、広いキャビンと大きな前部及び後部ドア開口部(図18、19)、コンパクトで機動性の高い機体、優れた安全性、これまでの実績に基づく信頼性、クラストップの低騒音性能といったC-2型のメリットを生かしつつ、エンジン定格及びトランスミッション定格を上げて、TA級運用性能やホバリング性能を格段に向上させた。エンジンのFADEC化により、メンテナンス性が上がり、OEIトレーニング・モードにより安全性が高められた。統合計器は一新されて HELIONIX となり、4軸オートパイロットも導入され、パイロットのワークロードが低減されて安全性がより一層向上した。こうした、性能の向上、ワークロード低減、安全性の向上に加えて、フェネストロンによる更なる低騒音化を実現し、人と環境に対してもより一層優しい機体に仕上がった。
BK117は、常に時代のニーズに即した改良が施され市場に投入されてきた。ここに最新モデルのD-2型をリリースし、これまで以上に社会に貢献できるヘリコプタとなることを期待する。
注1:航空法の定める耐空類別で、航空運送事業の用に適する多発の回転翼航空機であって、臨界発動機が停止しても安全に航行できるもの
注2:International Standard Atmosphere:国際標準大気