日本で生まれ育った高性能紙飛行機
航空スポーツ
まず、ここでおことわりしておくことは、私の紙飛行機は折紙ではなく、製図用のケント紙など、少し厚手の、曲げ強度のあるものを材料に、これを切って接着剤で貼り合わせて作る形式のものです。この方が折紙よりも設計の自由度が高いという利点があります。
1 紙飛行機の特徴
1.1 滞空性能
技術的には紙飛行機も滑空機(グライダー)の一種で、グライダーの性能を代表するものは滑空比と沈下率です。
実物の高性能グライダー(ソアラー)では滑空比が 50を越す値が得られているのに対して、紙飛行機の場合は寸法が小さく(翼弦長 4~5 cm)、また滑空速度が遅い(4~ 5 m/s)ため空気のねばり気(粘性)の影響をうけて滑空比は 10かそれ以下の値しか達成できません。これは空気の性質によるもので、将来、何等かの改良に期待できるものではありません。
一方、沈下率については、実物のソアラーは 0 . 5 m/s程度でありますが、良く作られた紙飛行機では 0 . 5~ 1 m/sくらいの値が得られます。すなわち、紙飛行機でも高性能グライダーに匹敵する滞空性能が期待できるのです(表1)。
表1 滞空性能
紙飛行機の場合、滑空速度が遅く、機体が小さいために空気粘性の影響を受ける。 | ||
滑空比 | 沈下率 | |
紙飛行機 | 10 程度 | 0 . 5~1 m/s |
実物グライダー | 40~50 | 0 . 5 m/s |
紙飛行機は、滑空比では対応できないが、沈下率の点では実物に匹敵できる。従って、滞空性能は悪くない。 |
1.2 紙飛行機の利点
紙を主材とすることの利点を表2に示します。
表2 紙を主材とすることの利点
● | 紙は日常において身近なもので価格は安価である。 |
● | 紙飛行機の構成部品のすべてをB4判程度のケント紙1枚に印刷ができ、流通や普及に便利である。 |
● | ハサミ一丁でどのような曲線でも形成でき、のり付けだけで組立てられる。 |
● | また仕上げのサンドペーパーなどかけなくとも、紙の表面は平滑で空力的に好都合である。 |
● | 紙の持つ生地の美しさがある。 |
1.3 重心位置
航空機のもつ3つの回転軸について、横ゆれと、偏(カタ)ゆれについてはそれぞれ、上反角と、垂直尾翼によって対応し、実物と紙飛行機は大差ありません。しかし、縦(タテ)方向については大いに違います。すなわち、実物機の最大、最小速度の比はほぼ4くらいで、しかもこの速度範囲に対応するため、実物機では重心(CG)位置を空力平均翼弦長(MAC)の25%附近に置き、飛行速度に応じて、水平尾翼の取付角を変えなければ正常な飛行はできません(図1上の距離競技用紙飛行機・これは実物の重心のおき方と同じ)。これに対しゴムカタパルト(パチンコ)で射出する紙飛行機の場合は最大、最小の速度比は10に達するのが通常です。この間、飛行中は操縦できないので水平尾翼取付角調整なしで、発進から定常滑空速度の間を正常な飛行をさせなければなりません。これを解決するのが適切なCG位置と揚力尾翼の採用です。すなわち紙飛行機の滞空競技用機では水平尾翼容積比(KH)を実物機の2倍程度の1 . 2にとり、かつCG位置をMACの80~90%に置きます(図1下)。
実物をモデルにしたプロフィルモデルなどの場合は、形の制約から上記のKH=1 . 2の値をとることができない場合が少なくありません。これに対して私は永年、紙飛行機を作り、実験してきたので、その経験から図2の「水平尾翼容積比からCGを求める」カーブを作成しました。これを利用すれば最適CG位置を求めることができるのです。ちなみに、水平尾翼容積比(KH)は、図2のKHの式に示してあるように分母は主翼の面積(SM)と、空力平均翼弦長(tM)の積、分子は水平尾翼面積(SH)と、主翼と水平尾翼の空力中心の間隔(モーメントアーム ℓH)の積、で示されます。
1.4 翼断面
実物機の翼断面は図3に見られるように、先端が少し丸みをもった厚翼であります。これに対して、前述したように紙飛行機では空気のねばり気の影響を受けるため、厚翼ではなく薄翼が適しています。紙飛行機は翼弦長が4~5 cmであり、これを100%として、上に3~7%程度ふくらみ(キャンバー)をもたせていますが、通常はゴムカタパルト発進で、上昇をよくするため3%のキャンバーとします。
1.5 紙飛行機の構成例
図4左は部品図の例ですが、紙どりとしては胴体と翼部品の長さの方向(図では左右の方向)に紙の曲げ強度の高い方向をとります。これは丈夫な機体を作るために大切なことです。この部品を切り離して並べたものが図4右の構成例です。後部胴体は曲げ強度を十分にするため少なくとも5~6枚を貼り合わせなければなりません。
1.6 紙飛行機の分類
写真1のように分類できます。
●競技用機
模型飛行機の性能の良さは、高く上昇してどれほど長く空中を飛んでいられるかという滞空性能によって代表できます。競技用機は広い場所で飛ばしうまく上昇気流に乗れば、時には数分間以上もソアリング(滑翔)を続けることがあります。
●プロフィルモデル
胴体が扁平なので、実物をモデルにする場合にはそのプロフィル(横顔)をまねることになります。実物の特徴をとらえながらできるだけシンプルにまとめるのが、よく飛ぶプロフィル機を設計するコツです。
●変形機
紙飛行機の大きな特徴はどんな形の飛行機でも手軽に作れる点にあります。無尾翼機、先尾翼機、円形翼機などいろいろな形の機体ができます。
●自由型機
紙飛行機の本当の楽しさは、実物やプラスティックモデルにない飛行機や、自分で設計して飛んでみたいと思う飛行機が、自由に作れる点にあります。
2 作り方・飛ばし方の要点
2.1 胴体の作り方(図5)
部品を切り出して、貼り合わせる場合、部品の接着面の全部にすばやく接着剤をぬり、貼り合わせる部品を重ねて、上から押さえます。「セメダインC」などの速乾性の接着剤を使う場合、接着剤の表面がぬれている間に、5秒くらいの短い時間で貼り合わせて、上から押さえるのです。このため、貼り合わせる部品は、すぐそばに置いて貼り合わせるように注意が必用です。接着剤をぬってから、部品を探すようではダメ。このようにして、まず胴体部品を3~4枚貼り合わせて十分に乾かし、かたい芯を作ります。この芯の両側に残りの部品を貼り合わせて行くと、作りやすいのです。最初から連続して貼り合わせると、ぐにゃぐにゃの乾きのおそい胴体になってしまいます。
胴体の曲げ強度は貼り合わせ枚数の3乗で強度が上がるから、5枚の場合よりも6枚のときの方が1 . 73倍の強さになることに注意。
2.2 主翼の作り方
図6のように胴体の場合と同じく、裏うち全部に接着剤をぬって、5秒くらいの間に主翼を上から、貼り合わせます。このため貼り合わせる部品同志は、接着剤をぬる前から近くに用意しておき、すぐに貼り合わせるのです。
主翼と胴体の貼り合わせは、のりしろはあくまでも補助と考えて、一番大切なことは、主翼と、胴体がすき間なく結合されることです。このため主翼をとりつける際には、胴体の上面を棒とかハサミでしごいて、平らにしてから主翼と胴体が密着するように貼り合わせます。
2.3 機体のチェック
このごろの玩具は、買ってきて電池を入れればすぐ動き出します。しかし紙飛行機は紙を材料に、接着剤で貼り合わせて作るものですから、出来上がった機体はほとんどが、ねじれたり、曲がったりしています。そこで仕上げの機体チェックが必要です。図7に示すように機体を手に持って、正面から見て、また後ろからも見て、胴体や翼のねじれ、曲がりをたんねんに直すことが大事です。また機体を真上から見て、場合によっては下からも見て、垂直尾翼が胴体と完全に平行であることを確かめます。また図の右に見られるように、翼端が直線になっている機体では、機体を横から見て、両翼端が平行になっているかどうかも、チェックの方法になります。
2.4 試験飛行
仕上げの整形が完了したら、試験飛行にとりかかります(図8)。
試験飛行は風の静かなときを選んで行います。もし少しでも風があれば、正しく風に向かって投げるようにします。室内でテストするときはカーテンに向かって投げるのがよいでしょう。
試験飛行では、飛行機を上に向けて投げずに、普通に滑空するときと同じように、水平か、わずかに下に向けて、前方にそっと投げて滑空させます。
実際の試験飛行では、第1段目に、飛行機が左右に曲がらずに飛ぶかどうかをテストして、まっすぐ飛ぶように調整します。紙飛行機がまっすぐ飛ばないのは、必ず機体のどこかが曲がったり、ねじれたりしていることが原因なので、機体をよく調べて注意深く直します。それでも左右のどちらかに曲がるようなら、図8右上右上の図の説明にしたがって飛行機がまっすぐ飛ぶように修正するのです。
試験飛行の第2段目は、飛行機が機首を上げて失速したり、逆に機首を下げてつっこんだりせず滑らかに滑空するように、図8右下の図の説明にしたがって水平尾翼を調整します。
この試験飛行の第1段目と第2段目の順序を変えてはいけません。順序を逆にすると試験飛行は収斂しません。
2.5 操縦
操縦の方法は実物機と同じですが(図9)、翼のうしろへりに相当する3種類の舵には、強度が下がるので、切りこみは入れません。指で翼面をわずかに曲げるだけにします。また紙飛行機は揚力尾翼を使っているので水平尾翼をわずかに横に傾けると、上向きの揚力が少しだけ横向きになるので、その横向き成分によって、機体を旋回させることもできます。
2.6 原っぱで(図10)
紙飛行機を持って原っぱに着いたら、まず風の方向をみます。その理由は、紙飛行機は動力が無いので、必ず風下の方向に飛んでいきます。したがって、飛ばす際には原っぱの風上側から飛ばすようにします。そうすると機体が原っぱから飛び出したり、風下の樹木にひっかかることも少なくなるのです。また風の強い日は乱気流が発生して、飛ばしにくくなりますから、風の静かな日を選ぶようにします。
2.7 飛ばし方の3つの経路(図11)
(1)上昇、滑空旋回同方向の飛ばし方
これはすべての紙飛行機の最も飛ばしやすい方法で、特にプロフィルモデルなど翼面荷重の大きい機体に向いています。ただし上昇の高さは期待できません。
(2)上昇、滑空旋回逆方向の飛ばし方
この方法は多くの競技用機に向いており、高く上昇させることができます。
(3)垂直上昇に向いた機体の飛ばし方
紙飛行機の中でも垂直上昇用に設計・調整された機体であれば、この飛ばし方が可能です。高く上昇させることができるので、滞空時間はのびますが、ベテラン向きでしょう。
私の考えでは、(1)~(3)の順に試してみて、自分の機体に向いた飛ばし方をすればよいと思います。
2.8 発進は機体を傾けて宙返りを防ぐ
射出の際には、宙返りが起きやすいので図12に示すように機体を横に60~90°傾けて、更に上空に60~80°向けて射出すると、機体は上昇の途中で横の傾き(バンク)を回復して上空でほぼ水平となり正常な滑空に入ります。
2.9 滞空記録の例
今までの項で、紙飛行機の調整法、飛ばし方などについて説明して参りました。東京都武蔵野市にある都立武蔵野中央公園は約10万平米の敷地面積があり、その中央の大部分は約300 m弱の四角い原っぱとなっています。ここには多くの紙飛行機愛好家が集まって、フライトを楽しんでおります。図13は武蔵野中央公園での1995年1年間の紙飛行機愛好家の滞空記録(ただし2分間以上)です。図中の印は紙飛行機が遠くまで飛んで視界から去った際の記録なのです。
3 機種の拡大
紙飛行機教室など普及には、作るのに時間がかからず、また飛ばしやすい機材を用意しなければいけません。そのためハサミを使わなくても済むように(ハサミを使うのが苦手な子供が多い)プレカット(打ち抜き)式の部品とバルサ材の胴体で組み立てられる材料を用意しました(写真2左)。さらに簡単に作るために粘着のりをつけた材料も準備してあります(写真2右)。さらに普及用には紙飛行機の技術を発展させた発砲スチレン機もあります。
4 紙飛行機と私
私は1926年仙台生まれ。父は医師で、父の仕事の関係で北海道に住み、5~6歳の頃には、ストーブのそばで、チョコレートの箱を材料に紙飛行機を作っていた遠い記憶があります。
支那事変が始まり、1938年に父が召集されて仙台の陸軍病院に勤務することになり、私も小学5年生から大学卒業まで同地で過ごすことになりました。仙台一中(旧制)に入ってから、私の飛行機好きは本格的になったのです。当時学内のサークルで「一中航空研究会」というのがあって、ここでは放課後、本物のグライダーの訓練、あるいは紙飛行機を作ってテニスコートで飛ばしたり、教室で『飛行の原理』を輪講、私にとってはとても楽しい会でした。現在の私の紙飛行機の構造の基礎はこの当時に出来上がったと思っています。旧制二高でもグライダー訓練に参加しましたが、2年生の夏に敗戦となり、大学を含め日本のすべての航空関係の業務は禁止となったのです。やむなく航空の次に興味をもっていた通信の道に進み、大学の通信工学を卒業して電気通信省の電気通信研究所に入所しました(現在のNTT通研)。ただし、少しでも空に関係のある無線部門を希望して、何とか入れてもらいました。
1966年12月の朝日新聞に、米国で初の国際紙飛行機大会が予定されていて、紙飛行機の参加を募集しているという記事を妻が発見しました。早速、中学の頃を思い出して紙飛行機を作り、テストと改良をくり返して、作品を作り、翌1月に米国に運んでくれるパンナムの東京支社に持ち込みました(写真3)。その結果、1967年のサンフランシスコ大会でグライダーの性能を代表する飛行距離と滞空時間の両方に優勝して、グランプリを受賞することができたのです。同年の9月号から、誠文堂新光社の科学誌『子供の科学』の依頼で、紙飛行機附録の掲載が始まり、2014年現在もまだ継続しております。これはひとえに愛好者の御支援によるものと感謝している次第です。
また2014年は日本紙飛行機協会設立30周年に当たり、協会主催の紙飛行機全国大会も20回を数えました。今後とも永らく継続できることを願っております。
私が紙にこだわる理由は2つあります。まず第1には高性能紙飛行機は、日本で生まれ育ったものであるから、今後も大事に育てて行かなければいけないという理由です。第2に、私はNTTの研究所で開発をしてきましたが、大部分はグループとしての仕事でした。そこを辞めて1人になった今では、紙飛行機の開発は丁度よい研究テーマであるという点です。
以前、パイロットを養成する実物の練習機についての記事を読んだことがあります。それは練習機には2種類あって、1つはアマチュア・パイロット向きのもので、練習生が少しくらい間違った操作をしても、それを練習機の方でカバーしてくれる素人向きのもの。他の1つは練習生が間違った操作をすると、その反応がすぐに現れる厳しいプロ向きのものです。紙飛行機の目標を考えると、その性格上、やさしく飛ばせるものであってほしいと思うのですが、実のところ、プロ向きの練習機の性格を持っていて、調整が悪ければその反応がすぐに出てしまいます。今後も開発の努力を重ねて、簡単に飛ばせる機体の実現に近づきたいと考えております。
文献
(1)『日本の航空100年』、690ページ、日本航空協会、2010年
(2)二宮康明『日本で生まれ育った高性能紙飛行機』、誠文堂新光社、2013年
図および写真の出典/『日本で生まれ育った高性能紙飛行機』誠文堂新光社刊(ただし図3および図11(3)を除く)
(おわり)