教育訓練のメカニズム
-ヒューマンファクターを考える(4)-
航空安全
日本人は余り言葉の意味を、厳密に、具体的に考えないで、気安く使用している傾向がある。その一つに「安全」とか「教育訓練」とかの言葉がある。
今回は「教育訓練」におけるヒュ-マンファクタ-を考えよう。
まず、教育と訓練とは別のものであるので、それを重ねて「重箱読み」をしている、教育はEducationで、訓練はTrainingに相当する。前者は行動の基本となる知的能力の向上を図る座学であり、後者は人間行動を変化させる実践方法で同一ではない。
人間の脳細胞は、約4歳位まで増加を続け、約140億個になる。各細胞の基本的ネットワークが完成するには、細胞数が多いため通常約20年の歳月が必要である。大学卒業までが丁度その期間に相当する。もっとも教育期間中の勉学と努力の如何によって、出来の悪いネットワークしか作れない場合もある。
人間の行動レベルをデンマークのラスムッセン博士は、図に示すように判り易く知識、規則、熟練の3つのレベルに分けている。
座学によって得られた知識を行動に変換するのは、まず知識レベルの行動で、感覚入力⇒同定⇒決定・課題選択⇒計画⇒行動の検索⇒行動実施のオーソドックスで、最もエネルギー消費の高い中枢処理の道筋を通りながら慎重に行動する。これが初心者の行動である。
これが繰り返されると、脳のプログラムを簡略化して外界感覚入力の同定だけで、今まで身につけた、決まった行動パターンを実施することが出来る。これが規則レベルの行動である。
さらに同じ行動パターンの繰り返しが行われると、習慣化し、外界からの感覚入力を予め期待しながら行動の準備をして、外界刺激を引き金として、直ちに行動を開始する。素早く、円滑で、疲れを知らない熟練レベルに到達する。
このプログラムの省略化は、前回に述べたように人間の大脳中枢における情報処理能力が低いことを補う省エネルギーの生体適応反応によるもので、人間は見事な簡略化を短時間に達成することが出来る。通常の人間行動のほとんどは、この熟練レベルの行動である。歩いたり、階段を上り下りしたり、家庭で食事するのに、深く考えることは無い。問題は、各行動レベルに特有なエラーが発生してくることである。
知識レベルの行動では、大脳中枢の情報処理に余裕がなく、周りに注意を払うことが出来ず、一点集中に陥ることである。また難しく、忙しい仕事では情報のオーバーフローとなり、混乱してパニックにたやすくなることである。
規則レベルのトラブルは、作り上げられた規則から抜け出すことが出来ず、マニュアル通りに事故を起こす結果となる。また間違った規則を選んでしまい、何の疑念も抱かずにとんでもない行動をする可能性がある。
熟練レベルの問題は、自信過剰や自己納得に陥り、外界情報の変化を見過ごしたり、あるいは見ようとせず、手順を省略したり、思い込みから脱出出来なくなったり、勝手に手順違反の工夫をしてしまう。航空事故では最も多いヒュ-マンファクタ-である。