ヘリコプター、エベレスト山頂に着陸

世界最高峰の発着記録

 国際ヘリコプター協会(HAI:Helicopter Association International)の今年の年次大会は本年2月26日から3日間、米テキサス州ダラスで開催された。その会場で、ヘリコプター・メーカーのユーロコプター社が最も力を入れて披露したのは、エベレスト山頂に着陸した世界記録であった。

 この記録は昨年(2005年)5月14日に達成された。ユーロコプター社のテスト・パイロット、ディディエ・デルサーユ氏の操縦するAS350B3ヘリコプターによるもので、会場では一段高いところにその機体が飾られ、その前で国際航空連盟(FAI)から公式記録の認定証がユーロコプター社へ手わたされた。

 世界最高峰8,850mへの着陸は、航空機として最も高い場所での離着陸記録ということになる。そして当然のことながら、もはや永久に破られることはない。これ以上に高い場所が地球上に存在しないからで、絶対記録という言い方もできよう。

 記録飛行に使われた機体はAS350小型単発機の普通の量産型。飛行はFAIの規定にしたがって、その監視の下でおこなわれた。着陸地点に2分以上とどまっていることという条件で、そのもようが胴体下面に取りつけたビデオ・カメラに収められた。

 実は、その翌日、5月15日にも同じ試みがなされ、同じように成功したが、記録として認められたのは最初の14日の離着陸である。

記録飛行に反論

 この記録は、しかし、しばらくの間はちょっとした論争にさらされた。ネパールの航空当局がエベレストへの着陸を許可した覚えはないとし、さらに実際は山頂ではなくて、1,000mほど下のサウスコルに悪天候のために不時着したのではないかと言明したためである。

 エベレスト山頂はネパール領に属するので、フランス国籍の外国機が勝手に着陸することはできない。そのうえ、エベレストへの登山は、ネパール政府と中国政府がきびしく制限しており、入山にあたっては許可を取らなければならない。許可の手数料は、たとえば1996年当時は5万ドルであった。しかも許可が出るまでには何年も待たされるし、許可になるかどうかもむずかしい状況にある。こうしたことから、ネパール政府としてはヘリコプターが実際に着陸したかどうか認めるわけにはいかないというのである。

 さらにネパール航空当局は、国際民間航空機関(ICAO)、フランス航空局、国際定期操縦士協会、およびギネス・ブックに対し、このユーロコプター機のエベレスト着陸記録を認めないように要請した。

 しかしユーロコプター社の信念は固く、ヘリコプターが実際に山頂に接地した場面のビデオ・テープをつけてローザンヌのFAIに申請する一方、「エベレストでの高地ヘリコプター飛行テスト」に関しては、ネパール航空当局から着陸と離陸の許可を得ていたと反論した。そのテスト飛行計画書を、ユーロコプター社は昨年(2005年)3月ネパール航空当局に提出していたというのである。

なぜ記録に挑むのか

 この記録飛行のために、ユーロコプター社は2005年4月からフランス国内のアルプス高地で、エベレストを想定した飛行テストを開始した。その飛行中にAS350B3は高度3,000mまで2分21秒、6,000mまで5分6秒、9,000mまで9分26秒という3種類の上昇速度記録をつくった。

 5月に入って機はエベレストへ飛び、本番2日前の12日、標高7,925mのサウスコルへ着陸した。これにより、それまでアエロスパシアル・ラマが持っていた標高7,665mでの離着陸記録を更新した。

 そして5月14日、ついに8,850mのエベレスト山頂での離着陸がおこなわれた。先日、2月末のHAI大会会場で手渡されたFAIの認定書は、これら5種類の新記録を認めるものであった。

 ユーロコプター社は、こうした記録に挑戦する意義について、ヘリコプターの飛行性能の向上に対する自分たちの飽くなき情熱を示すためであり、同社のすぐれた技術を示すためであり、AS350が小型単発機ながら如何に頑健で信頼性の高いヘリコプターであるかを示すためであるとしている。

 さらに、このヘリコプターが山岳地の遭難救助などに適していることを示すためだとも語ったが、確かにその発端はインド陸軍が高地での離着陸能力にすぐれた小型ヘリコプター約200機の調達を計画したことから、AS350の能力を劇的に実証しようとしたところにあった。

 AS350小型単発ヘリコプターは、30年余り前の1974年6月27日に初飛行した。2005年末までに3,000機以上が製造されたが、そのうち435機がターボメカ・アリエル2B(847shp)ターボシャフト・エンジン1基を搭載するAS350B3である。初飛行は1997年3月3日。

 新しい記録はスポーツに限らず、航空の世界でも人びとの血をたぎらせ、意欲を沸き立たせる。エベレストの山頂に吹きすさぶジェット気流とヒマラヤの高地を覆う悪天候の合い間を縫って記録飛行に挑むのも、新たな進歩を生み出すことにほかならない。

執筆

西川  渉

航空ジャーナリスト・日本航空協会評議員

– 編集人より –

(財)日本航空協会はFAI(世界航空連盟)の日本唯一の正会員として、日本の記録をFAIに登録しています。「FAI(国際航空連盟)100年の歩みと今」もご参照ください。

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