18年続く日本の民間航空安全
-ヒューマンファクターを考える(9)-
航空安全
最近の日本産業の安全はどうも少しおかしいと言う記事を書いた。また50年以上も航空安全を続けているカンタス航空の安全文化の原因を探ってみた。
翻って、日本の民間航空安全は、中華航空やガルーダ航空など、海外航空会社の事故や、日本の小型機の事故はあったが、日本の定期航空会社の死亡事故は、1985年8月12日の日本航空B747SRの御巣鷹山での事故以来、約18年間、発生していない。これは戦後の日本航空安全史上、特筆すべきことである。
18年間の長さは、安全文化と言えるかどうか定かではないが、この安全記録を何故継続することができたのか。またこの記録は、今後も続けることが出来るのか、との素朴な疑問が生じてくる。とかく安全の問題は、事故が起きた時には大騒ぎして原因追究や対策探しに大童になるが、事故がない時には、誰も安全に興味を示さない。
もちろん、長い間、安全状態を保持することの出来る原因は単純ではなく、多くの要因が、複雑に、しかも時として幸運に絡み合って初めて達成出来るのである。大切なのは、このような状態を長く続け、安全文化にまで熟成させてゆくためには何をすれば良いのであろうかの発想である。
ここにいくつかの要因を挙げて見たい。しかし、全ての要因を網羅しているなどとは決して思っていない。もっと違った、広い視点から寄与要因を挙げることにご協力を頂きたい。
1.日本航空の御巣鷹山事故が余りにも強烈なインパクトを航空関係者だけでなく、国民全体に与えたこと。しりもち事故後の修理不具合、全く操縦不能の異常事態の発生,単機では世界最悪の航空事故などの衝撃は決して忘れることが出来ない。
2.官民学一体となって航空安全への取り組みをしたこと。
外国製造会社への修理依頼のあり方、作業の監督、納入検査、その後の点検、シナリオのない事故への対応、被害極限方式、救難活動など、多くの新しい問題に日本の全能力を挙げて、対策に取り組まなければならなかった。
3.CRM(Cockpit Resource Management)の導入。
当時、世界的に普及し始めていたCRMを、航空会社によって方式は異なるが、早急に、全運航乗務員の教育に取り入れた。この教育によって運航乗務員各人の自主的安全思考が大きく変わってきた。さらにCはCrew, Corporateへと、またMRMや会社全体の文化に伸展されてゆく。
4.フライト・シミュレーターの発達と
LOFT(Line Oriented Flight Training)の実施。
フライト・シミュレーターが発達して臨場感ある訓練が可能となり、CRMの一部であるLOFT訓練の現実感が格段と改善され、クルー協調体制が向上した。
5.新しく自動化された機種の導入。
B767、757、747‐400、777、A320など、自動化の多くの問題点を改良、検討し、新しくデザインされた航空機を次々と導入した。これがパイロット・ワークロード軽減に貢献した。
6.航空支援システムの発達。
まだ問題があるとは言え、空港施設の整備、航法システムの精度向上、航空管制システム、地上支援システム等の信頼性が次第に改善されてきた。
7.安全に対する社会の厳しい希求と評価
他の産業安全に見られるように社会の安全に対する考え方は従来に見られない厳しいものになりつつある。原子力、医療、食品、情報、行政倫理など安全文化を問われている。
このような要因が相互に関連しつつ、18年の日本民間航空の安全を保ってきたと考えられる。果たしてこの状態をより長く、より良く続けることが出来るであろうか。