歴史にみる模型飛行機の顔さまざま
(15) どこまでが「模型飛行機」遊び?!

パーク
模型飛行機の原点は、近くの公園で身丈に合った機種をマイペースで飛ばすこと。
そこから限りない発展が可能であり、今までに掲載したさまざまな「顔」に進むことが出来る。模型飛行機を楽しむ手段は無限にあり、一見には無関係に見えるものも少なくない。
思い切り広義に解釈すれば、模型飛行機の楽しみに貢献する活動は、すべて模型飛行機遊びの内である。

 

1、はじめに

 「航空」は多要素の複雑系で、その模型版も同様です。
 加えて模型飛行機は常に進化し、使われる技術や手段は増え続け、活動領域は拡大します。常に新しい要素が加えられ、それが活性化の源になっているのです。
 飛行機の技術進歩・性能向上は定量的に計測できます。だから競技で優劣が明らかになり、新しい手段は勝負の決め手です。飛行機は進歩・拡大をもたらす体質を備えているのです。
 
 前回は、レジャー白書の縦割り構造の項目を通して遊び行動の全体を概観して、その枠組みで模型飛行機の活動を考えて見ました。上記のような模型飛行機の複雑さは一般の人々には見え難いので、白書では部分的な姿が表面的に取り上げられているだけでした。
 模型飛行機が一般のレジャー活動と差別化される理由は、ホビー(モノ創り)とスポーツの複合活動である点です。このような複合的なレジャー活動はきわめて希少で、白書にあるような世間の枠組みが対応できていません。
 複合活動であることに加えて、前述の多要素・複雑系・定量評価が容易で競技指向である航空という条件が重なります。その体質を持つ模型飛行機が活動範囲を無限に拡大して行くならば、その活動領域のどこまでを、広義の「模型飛行機活動」と区分すれば良いのでしょうか?
 
 様ざまなスポーツも、発生時には選手が用具を自作(ホビー活動)し、その巧拙が競技成績に影響したと思います。この時期の当該スポーツは人間の多能性を比較する活動でした。
 ところが、スポーツ競技は成熟過程において管理目的などで活動の単純化が行なわれ、用具は規格化・統一化され、改良活動は選手の手を離れ用具メーカー任せになりました。
 結果として当該競技スポーツの選手は、極論すれば「高効率・高出力の筋肉マシーン」に単能化され、持っている多能性、つまり「物つくり能力」は発揮できなくなりました。人間は多能的な存在ですから、部分的な能力でナンボと評価されるのは偏っています。

 模型飛行機の競技にも、成熟化の過程でBOM(自作機規定)が骨抜きになるなど、単能化の流れもあります。しかしながら、はじめに記した複雑化・拡大体質があるので、単能化に対する耐性が強く、人間の多能性が尊重される環境を守っています。
 加えて、ほかの趣味の領域に進出・占拠して、最後には模型飛行機のナワバリに取り込んでしまう動きさえあります。たとえば、1930年代に始まったRC飛行機は、当初は模型飛行機とアマチュア無線のコラボレーションでしたが、現在では明らかに模型飛行機の区分です。また、模型飛行機のための気象の研究は、飛ばすときの手順の一部として模型飛行機の活動に組み込まれました。
 
 これらに止まらず、模型飛行機の活動領域の増加・拡大は続きます。技術進歩による内部充実に止まらず、積極的に他のホビー・スポーツ・学術などの分野を蚕食・侵略し、模型飛行機遊びの中に取り込んでしまいます。
 筆者は「学際」に準じて、複数の趣味の重複分野を「趣味際」と定義してみました。模型飛行機には趣味際領域がたくさんあり、重複した他分野を次々に取り込んでいます。
 さまざまな「顔」として模型飛行機が歴史的にさまざまな役割を演じてきたことは、模型飛行機が持つ複雑系で多能・多要素・拡大基調という性質を具現したものです。
 
 模型飛行機の「趣味際」の相手は無限です。
 要するに、「模型飛行機」と言う要素が何らかの活動に絡まり、当該趣味際活動が楽しくなれば、それは模型飛行機の領域です。宴席で模型飛行機がサカナになり、楽しさが盛り上がれば、それも模型飛行機の活動のうちであり、それでよいのです。
 また、どんなに縁遠く見える活動であっても、それが模型飛行機を最終目的として行われるならば、それも模型飛行機の趣味際領域です。「模型飛行機の美学(12回)」で、山名正夫氏の「飛行機設計論」を引用ましたが、同氏は飛行機の設計の美的センスを体得するための文献に世阿弥の花伝書(能楽の秘伝書)を挙げていました。モデラーがその目的で花伝書を読むならば、それも模型飛行機の活動に包含されるでしょう。
 
 このように、模型飛行機の趣味際領域の対象は無限です。モデラーが夫々の感性によって趣味際となる相手を求めれば、どこまで多様化するか想像を絶します。
 とりあえず読者各位の参考に、筆者の感性によって、「アウトドア・ライフ」系、「アスレチック(体育)」系、「学術」系、などに大別した例示を行い、皆様の模型飛行機活動の拡張を期待して終章とします。

2、模型飛行機活動の拡大の背景となった歴史の流れ

 まず、技術進歩による変革があります。「顔」として取り上げたものとしては、バルサ革命とその余波(第57回)、エンジンの進歩と公害(第13回)、新素材(第11回)、などが挙げられます。
 社会環境の影響を受けたものとしては、模型ブームの発生(第2回)、国営模型飛行機教育(第3回)、整理されていない実機の情報の大量流入(第6回)、公害による社会問題化(第13回)などです。
 モデラー自身の考え方の変化としては、第9回で採り上げた「ホビー」・「スポーツ」・その複合である「BOM」に対する考え方が基本になります。
 
 一般的なスポーツ競技の単能化と模型飛行機の多要素性については、前述しました。
 モデラーは外向的・発展的に、新しい機種や競技方法を続々と考案し、模型飛行機は草創期の混沌さと活力を回復します。BOM制によってモデラーは設計能力をもち、新規格の飛行機を設計して新しい競技を創り出せます。
 個人的に発想された新規格が面白ければ、クラブ競技になり、その国の公式国内競技に採用され、海外に知られて国際競技になり、最後にFAIに取り上げられて国際競技の公式種目になります。現実にこのような出世物語も幾つもあります。
 1928年には模型飛行機の国際競技種目は、ウエークフィールド級滞空競技ひとつでしたが、現在のFAI公式競技種目は50種を超え、その多くは「出世物語」の産物です。
 
 競技分野に限れば、性能計測手段の進歩や拡大は競技を多様化して、模型飛行機の活動範囲を豊富にします。
 草創期にはストップウォッチがものすごく高価で、滞空時間の計測はできませんでした。だから、測定にたくさんの人手が必要でも、ゴルフのドラコンのような飛行距離競技が先に普及しました。ストップウォッチが普及し、模型飛行機の性能向上で飛行距離が長くなると、記録測定の利便さが逆転し、滞空競技が主流になりました。
 GPSシステムが普及すれば、これを使った新種競技が可能かもしれません。
 また、高度や上昇率は飛行機の重要な性能項目で、FAIは実機と同様に模型飛行機に対しても記録を公認しています。しかしながら、従来は適当な計測手段が無かったために、模型飛行機の競技には採用されていません。技術革新によって、安く簡単な計測手段が開発されれば、新種の高度を競う競技種目が可能になり、楽しみの場所は拡大できるでしょう。

3、模型飛行機のアウトドア・ライフ系趣味際分野

 模型飛行機は野外活動で、室内機は例外です。だから、アウトドア・ライフ活動とは近縁なのです。
 一般の「野外スポーツ」は人工的なグラウンドで行われ、近くにクラブハウスなど避難場所があります。模型飛行機は広い野原の真ん中で、長時間、自然と向き合います。
 模型飛行機競技は第1次大戦の前に始まり、以来100余年の歴史があるわけで、長年自然と付き合ってアウトドア活動のノーハウも蓄積しています。
 
 自動車が手軽に使えるようになるまでは、模型飛行機は山男のように「耐えるアウトドア・ライフ」でした。機体などの嵩張る荷物を運ぶのが精一杯で、アウトドアを楽しむ機材を持ち込む余裕はありません。海外遠征のときは、いまだにこれに近い条件で、機体の輸送箱、工具・修理用部品・消耗品などを入れる道具箱、衣食のような本人用の装備などを、一人で運べるように手際よくまとめなければなりません。
 機体輸送箱・工具箱は適当な既製品はなく、飛行現場で手早く展開できる形のものを自設計・自作します。人間用装備管理の面では、山歩きやバックパッキングのノーハウも参考になりました。これらは勝負を左右する要因で、模型飛行機の楽しみのうちなのです。
 
 1963年3月24日の二宮賞競技会(日本選手権に次ぐ格式の国際級滞空競技)は、京都の巨椋池干拓地(おぐら池:4km四方の広大な田んぼ)で行なわれました。自動車普及前に行われたこの競技会は、歴史に語り継がれる全天候競技で、天候は、「雨のち曇りのち晴、曇り小雨雷鳴、強風、曇突風、雨」というにぎやかさでした。
 当時の筋金入りのモデラーの常識では、少しくらいの雨は悪天候ではなく、広いたんぼの真ん中でシェルター無しで京都の春の底冷えを伴った上記の天候に耐え、ドロンコになりながら普段と変わらぬ成績を残したのでした。
 
 自動車の普及以降、モデラーもアウトドア・ライフを楽しむ余裕ができて、長年耐えて蓄積したノーハウを役立てました。凝り性で設計と「モノ創り」が表芸であるモデラーたちは、その資質もあったのです。
 最初は暖かい食べ物の登場でした。模型飛行機は農閑期の田んぼを使うことが多く、ウィンタースポーツで、寒い中を飛ばします。
 模型雑誌であるモデルジャーナル誌1977年1月号に、飛行場で大勢が囲む鍋料理のレシピ・料理法が掲載されました。模型誌としては空前のことであったのですが、構成は飛行機の工作記事と同タイプですから違和感はありませんでした。
 「東京選手会風山賊鍋料理法」で、同クラブの競技会では現在でも往年のレシピが引き継がれ、伝統行事として飛行現場での調理と給食が行なわれています。模型雑誌の記事も趣味際的になったわけです。

 以降、模型飛行場の料理は流行りました。
 東京選手会だけでなく、各地のクラブが主催する競技会で地元名産などを使った野外料理を使い始め、それが競技会の冠名になりました。本来ならば「中部地区××級秋季競技大会」という格調ある正式名は忘れられ、「キシメン大会」、「マツタケ大会」、「カモネギ大会」といった呼称で通用するようになってしまいました。
 基本的には大鍋に事前調理が簡単な食材を全部入れて、携帯コンロで長時間煮込む料理が主流です。山歩きやハイキングのように移動性で無く、一定の場所に1日居座るので長時間の調理が可能です。食べる人たちは、機体の回収のために数kmのクロス・カントリー走を行なっているので、味は不問と言います。
 
 モータリゼーションが成熟して車の利用の自由度が高くなると、単なる移動・輸送手段だけではなく飛行現場の施設としての機能も利用するようになります。
 まず、市販のキャンピングカーの利用が考えられました。飛行場のシェルターとして、乗用車に比べると食・住の点ではるかに高水準の機能を持っています。
 配管工事業者の車のように、ワンボックス車に機体の格納・整備・工作の設備をしたものもあります。車が専用化しますが、塗装工程など、環境問題で自宅内に工作場を持てない場合には選択肢の一つになります。利点はそのまま乗って飛ばしに行けばよいわけで、毎回の荷造りの手間は無くなります。気象観測機器を併載すれば、移動気象台の機能も兼備します。
 ノーハウも蓄積され、それなりのコストで模型飛行機に特化した車の利用法も視野に入ってきました。

4、模型飛行機の体育会系分野

 模型飛行機を体育的スポーツと考えてアスリートに徹すれば、半端ではない体の使い方を要求されます。レジャー白書では、この面が捨象されています。
 FAI(国際航空連盟)の分類では、模型航空は体を張って飛ぶハング・グライダーなどと同列の航空スポーツです。規則書のタイトルも「スポーティング・コード」です。体力勝負である模型飛行機を例示すると以下のようにうなります。

4-1、模型飛行機の追跡と回収

 往年の競技派のモデラーは、模型飛行機の追跡・回収に備えてロードワークも行っていました。国際級フリ-フライト競技について、シュミレ-ションをしてみると、世の運動競技類に劣らぬ体育的活動です。
 
 F1A、B、C各級の競技種目では、1試合で滞空時間3分をこえる飛行を7ラウンド行います。その時の風速が5m/秒ならば、機体は約1km流されます。
 直線コ-スで出発点と着陸点を往復したとしても、1回に約2kmの移動で、1試合では14kmに達し、ゴルフ2ラウンド分の距離に匹敵します。
 田んぼの場合はあぜ道伝いに進みますから、多くはジグザグコ-スで機体着地点に向かいます。水路等がある場合は橋まで迂回します。そのために追跡・移動は、出発点より着陸点までの直線距離の少なくとも20~50%以上長いクロス・カントリー走になり、風が変わればもっと長くなります。
 加えて、トラックなど整備された走路ではなく、溝や段差のある不整地を、上空の機体を見失わないようにアゴを出した姿勢で、障害物のよけ方を判断しながら走ります。崖から落ちたり、肥溜めに飛び込んだりした犠牲者は少なくないのです。
 平坦地のトラックならば、流される機体の真下を追走できる速度ですが、現実は3分間に落下点を確実に視認する距離まで接近することは容易ではありません。
 
 1ラウンドの時間は1時間以下です。機体を回収した後は、壊れやすい機体を持って風上に同じ距離だけ戻るのですから、次の飛行までに十分な整備時間をとるためには、敏速な回収が必要です。
 着地点を見失ったら致命的ですから、ランドマークを使った見通し線の設定が重要です。障害物を避けるために横に移動せざるを得ませんから、見通し線を外れる機会が多く、オリエンテーリングのテクニックも応用されます。

4-2、模型飛行機の投げ方

 現在の手で投げる発航法は、腕乃至肩の力によるものですから、当然体育派です。
 2mもある大型の国際級もすべて手投げで、腕力・体力の差が競技成績に影響します。
 
 1930年頃のアメリカがルーツの、人が投げるエネルギーだけで滞空させる「ハンドランチ・グライダー(hand‐launch glider)」種目が、フリーフライトとRCにあります。
 従来は、主翼付け根にユビをかけてまっすぐに投げる「野球投げ」でしたが、最近、翼端を持って円盤投げのように体を回転させて投げる方法が開発さ、大型機には有利とされています。
 いずれにしても、体力と体の動きのコントロールが勝負で、典型的な体育系模型飛行機です。ハンドランチ・グライダーは安価に楽しめるために、若年層に人気があります。
 強く投げ上げるメリットは、大型の動力機でも同様で、強弱・巧拙によって数秒間の滞空時間が増減します。これも模型飛行機の勝負のうちなのです。

4-3、グライダーの曳航

 曳航<br>50mの曳航索で、サーマルを捕まえるまで曳航を続ける。グライダーの向きを制御しながら、サーマルを求めてサッカー選手のようにサッカー場くらいの面積を駆け巡る。

曳航
50mの曳航索で、サーマルを捕まえるまで曳航を続ける。グライダーの向きを制御しながら、サーマルを求めてサッカー選手のようにサッカー場くらいの面積を駆け巡る。

 模型グライダーの上昇は、地上から凧揚げ式に曳航します。フリーフライト機の索は50mで、索いっぱいに高度を取らせることは容易です。
 昔の曳航はそれで満点でしたが、現在では確実にサーマルの中に入れて、索の長さより大幅に高く揚げないと十分とされません。
 「強く引っ張らないと外れない曳航フック」が導入され、長時間を曳航してサーマルを探します。索を緩めて機体を泳がせて中休みできますが、10分にも及ぶ長時間走ることは大変です。
 加えて、離脱させるときに加速してさらに上昇させる「カタパルト発航」が導入されました。滑空速度より大幅に加速できれば10数m以上の高度が稼げますが、長時間曳航の後で全力疾走するので、これも体力が必要です。 

4-4、ゴム巻き

 ゴム動力機のゴム束は、人力(腕力)の蓄積装置です。競技者は右腕だけでワインダーのクランクを回して巻くわけです。
 現在のゴムは1gで1kg-mのエネルギーを蓄積できますから、30gのゴム束(現在の国際級)を巻き込む仕事は、片腕で30kgを1m持ち上げる場合と同じです。
 昔は150gものゴムを搭載していましたから、それを巻き込む労力は想像以上のものです。
 体育競技種目としては、重量挙げ、ベンチ・プレスあたりと比較することになりそうですが、「ゴム捲き」で使う筋肉は概ね利き腕1本だけで、局部的な負荷は見かけより大きいのです。

5、模型飛行機の学術的趣味際分野

 模型飛行機の活動を工程順に考えて見ます。
 基礎理論や設計の段階で使われる知識・技術は、航空工学科の授業内容と同質と言えます。ただし、その中身は「航空」に直接関連のある学科だけではないはずで、数学や物理学はもちろん、かなり広範な分野が含まれているでしょう。
 山名正夫氏の「飛行機設計論」の中に、世阿弥の花伝書(能楽の秘伝書)が引用されていて学生がズッコケた、と言う話も有ります。設計作業はサイエンスと同時にアートの要素も含まれますから、美的感覚を磨くことも「航空工学」の内なのでしょう。
 佐貫亦男氏のヒコーキ随筆は有名ですが、他著の中に身近な道具のデザイン論や、恐竜の設計論まであります。両方とも航空工学とは無縁の分野(デザイン・工業美術、古生物学など)ですが、航空機設計のセンスはこのような分野にも役立つものなのでしょう。また、このような外側の分野から本業に役立つヒントも得られるわけです。
 
 「物つくり」に直接関連する学術のほかに、文科系、社会科学系の分野が絡まる場合もあります。
 スケールモデルは時代考証が重要で、そのトリビアが競技の成績に響きます。戦史、工業史、社会史、一般の歴史、新聞、伝記、映画など、雑学百般に目を配ります。スケールモデルの競技会の前夜の宴会は、とても盛り上がるそうですが、このような話題がサカナになっているわけです。
 模型飛行機の競技は、競技規定によって管理されているわけですから、規定を読み違えるとトラブルになります。また、少しでも有利にコトを運ぼうとするならば、目いっぱい拡大解釈して深読みし、できれば抜け穴を見つけたいわけです。
 そういう次第で行間紙背まで熟読する場合も生じます。競技規定の読みかたは、法律文に準じますから、その方面の勉強も必要になってきます。
 
 我々モデラーは飛行機作りを目的としますから、道楽として、以上の本業(航空に直接関連する学問体系)ならびに、例えば歴史、法律、美学・芸術のような周辺的部分にも関わります。趣味道楽の世界では、様々な手法を取り入れることに対して損得は抜きで、「収益逓減の法則」が作用しません。だから、範囲の拡大に対して歯止めが利かないのです。
 興味の赴くままに、模型航空に関わる学問分野は無限に広がり、模型航空には趣味際分野を拡大する性質が組み込まれているのです。

6、多能活動におけるプロの存在余地

 現在はオリンピックでさえプロの出場が認められる環境になりましたが、嘗てはストイックなアマチュアリズムが強く主張されていて、多くのスポーツ分野で、趣味と実益を兼ねる程度でも金銭絡みの活動を行う者は肩身が狭かったのです。
 模型界で言えば、模型屋、特に材料販売だけでなく完成機の製作・販売を行う業態の人たち、模型エンジンメーカーや機体メーカーに勤務して研究開発や試作に関わる人たち、学生アルバイトとしての機体製作、工作記事作者、競技会取材・投稿などの一匹狼型模型ジャーナリズムなど、生活手段から小遣い稼ぎまで、金銭絡みの活動は結構ありました。
 筆者も、そのいくつかは経験しています。アマチュアリズム華やかなりし頃のオリンピック種目スポーツだったならば、たぶん競技会から締め出されていたでしょう。
 
 しかしながら、模型航空界ではそういうことがありませんでした。
 「プロ」が成立する条件として、旦那芸のような道楽と比べて格段と卓越した技術格差が存在することが必要です。このような格差は、その芸の間口が狭い場合に発生しやすく、アプローチの経路が「何でもあり」であって、無限に多彩な攻め方が可能な場合は、差が出にくいのです。
 あるひとつの攻め口で、プロ的な研究と練習の結果、そこでは大きな格差をつけたとしても、他にもっと効率的な攻め口があれば、そのアプローチを採ったライバルが旦那芸程度であってもかなわない場合があるでしょう。
 また、「攻め口」そのものが単一の手段ではなく、いくつかの要素の組み合わせですから、それぞれに収穫逓減の法則が働き、ひとつの要素を突き詰めるプロ的な手法よりも、複数の要素を適当に、極論すればイイカゲンに追及して、うまく組み合わせたほうがトータル的には結果が良いこともあるのです。
 少なくともフリーフライト模型機の競技界においては、木型職人のような木工名人や、大学教授やNASAの技術者のようなプロの航空学者や、陸上競技などのスポーツを極めたアスリートなど、それぞれの分野では日本有数といえる人たちが居ました。それぞれの分野では、旦那芸ではとても歯の立たないような、プロ的な技術格差を持っていたと思います。しかしながら、模型飛行機の成績はそれぞれ優劣つけがたく、特技を生かしながら名勝負が展開されたのです。

7、究極的個人競技

 団体競技・個人競技という区分・枠組みがあります。模型航空競技のほとんどは個人競技です。更には個人的なホビー/スポーツです。
 体育的な個人競技の選手たちをみると、モノ創りの手は運動用具メーカーなどの研究室に預け、ホモ・ファベールであることを放棄したかのように見えます。人間の能力は、総合的に評価してナンボです。そういうモノサシならば、模型航空競技の勝者は、多くの体育的スポーツ競技の勝者よりも、高いレベルの評価を受けるべきです。
 模型航空競技の競技者は、競技場・飛行場・野原で飛行の技能を発揮するだけではなく、工房・工作場や設計室・書斎でも能力を発揮することが要求されます。ホモ・ファベール、ホモ・サピエンスとしても、高い能力を持っていなければ出来ないのです。
 つまり、模型航空は競技としては多能でなければ勝てないものであり、遊びとしては多能であるほど楽しさが増す活動といえるのです。
 カイヨワは「遊びと人間」の中で「ホビー」をモダンタイムス的細切れ流れ作業と対置して定義していますが、ひとつの本質を
   「小規模であっても連続性・終始一貫性を持つことを指向する。」
と指摘しています。
 
 世の「個人競技」は、「個人」といっても周りを見るとコーチ・監督に止まらず、用具の設計・製作者、グラウンドの整備者、など競技者以外の顔がちらつきます。
 模型飛行機の場合は、周りの関与の全てを排除して、全ての要因を自分ひとりの責任において管理することが出来ます。BOM制の目指すところは、そのような競技環境です。
 それでいて、趣味際分野など活動範囲は無限であるわけですから、模型飛行機はすべての要因を自分の判断で決定し、その結果の責任を負うことのできる、他に例の無い究極的な個人競技です。 

(完)

執筆

大村 和敏

日本模型航空連盟

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